HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報637号(2022年6月 1日)

教養学部報

第637号 外部公開

<時に沿って> 原点に立ち返り

李 佳樑

image637_4_01.jpg この四月に総合文化研究科言語情報科学専攻に准教授として着任しました。中国語学、特に現代中国語文法論の研究をしています。中国語スキル科目の他、後期課程では個別言語特殊演習、大学院では国際コミュニケーション実験実習Ⅰなどを担当します。
 駒場とのご縁は十六年前まで遡ることができます。当時、わたしは、中国復旦大学の修士課程に在籍しながら、都内の某大学との交換留学生として東京に滞在していました。学部時代から、復旦大で中国語学を専攻していたわたしは「不識廬山真面目、只縁身在此山中」(廬山の本当の姿がわからないのは、自分が廬山の中にいるからだ)という人口に膾炙した詩句に潜む哲学に感銘を受け、母国(語)である中国(語)の本当の姿を知るためには中国(語)と一旦距離を置くことも必要だろうと考え、一年間の交換留学プログラムに参加することにしたのです。駒場とのつながりは、その交換留学期間中に参加した駒場中国語研究会から始まりました。ちょうど同じ時期に、復旦大の指導教員が客員教授として日本の大学で教鞭を執っておられ、その先生のご紹介のもと、自分も駒場中国語研究会に参加することになり、修士論文の構想を発表する機会もいただきました。研究会後にイタリアントマトで開かれた懇親会では、言語情報科学専攻のL先生が四半世紀以上前の上海留学で経験したエピソードや学生時代のY先生が日本語を覚えるために活用しておられた上海語の語呂合わせの話を拝聴しました。ユーモア溢れる語り口調は今でも記憶に新しいです。わたしは、この研究会を通して、中国語研究の第一線で活躍されている研究者が集まる駒場のアカデミックでアットホームな雰囲気に心底魅了され、駒場の博士課程に進学しようと決意したのでした。そして、復旦大学に修論を提出した後、半年間の外国人研究生を経て、その夢を叶えることができました。
 博士課程在籍中には、東日本大震災・福島原発事故が起き、不安を感じて一時帰国する留学生が続出しました。わたしは、博士論文の執筆資格審査の準備をしている真っ最中でしたが、指導教員をはじめとする先生たちや日本人の先輩が温かいメッセージを連日送ってくださり、駒場のO先生は「放射能が気になるのだったら神戸のマンションにいらっしゃい」とまでおっしゃり、助けの手を差し伸べてくださいました。このように、さまざまな形で勇気付けられ励まされたおかげで、無事に学位請求論文を提出するに至りました。
 博士課程修了直後の二〇一四年四月からは、幸運なことに教養学部附属教養教育高度化機構の任期付教員となり、18号館九階の一室から駒場の彩り豊かな四季の風景を眺めながら、三年間、語学教師の経験を積むことができました。その後は、関西の私立大学に採用され、生活基盤を大阪に移しましたが、中国語テキストの開発や文法研究の関係で駒場の方々とはずっと交流を続けてきました。
 東京を離れて五年となるこの春、ご縁があって自分の教育・研究の原点である駒場に戻ってまいりました。三月末、研究室の移転作業を行うために駒場に来た際、二年ぶりに駒場東大前駅を利用しましたが、線路沿いに並ぶ資格予備校の広告板に、任期付教員時代の教え子の大きな写真があるのに気が付きました。懐かしさを感じると同時に、写真に添えられた「司法試験予備試験合格」という文字を見て、その学生の成長ぶりに驚かされました。ある意味で象牙の塔の住人として居続けてきた自分はどれくらいの成長を遂げただろうかと振り返りつつ、駒場を去った巨人たちのイズムを継承し日々精進していく所存です。

(言語情報科学/中国語)

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