HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報637号(2022年6月 1日)

教養学部報

第637号 外部公開

<時に沿って> めぐりあわせと廻り道

棚瀬あずさ

image637_4_02.jpg 二〇二二年四月に総合文化研究科地域文化研究専攻に准教授として着任した棚瀬あずさと申します。スペイン語圏の文学、特に十九世紀末ごろのラテンアメリカ詩の研究をしており、授業は学部前期課程のスペイン語科目と、学部後期課程や大学院の文学に関する科目を教えています。十九年前の春、多くの新入生が持つような期待と不安の入り交じった気持ちで、私は文科一類の一年生として駒場キャンパスにいました。教員としてまた駒場で過ごすことになるなんて、当時はまったく想像しなかったことです。
 高校から学部時代まで、ずっと進路に悩んでいました。早くに目標を決めて熱心に研鑽する同級生も多いなかで――傍目にそう見えただけで、それぞれ悩みはあったでしょうけれど――、自分は将来像を描けない、という劣等感。読書をしたり音楽を聴いたりするのが好きでしたが、研究を通じてそれに関わるという進路がありうることには思い至りませんでした。迷いを抱えたまま法学部に進み、迷いつづけながら公務員試験を受けて衆議院事務局に就職すると、国際部に配属されました。語学が得意だという意識もないままでしたが、海外機関とのやりとりや英語の文書を扱うことを続けるうちに、翻訳という作業や、ひいては言葉そのものに、関心を引かれることに気がつきました。昔からの芸術分野への関心もあって、外国文学研究に初めて興味を持ったのはそのときです。
 いくつかの偶然のために、ラテンアメリカ文学を研究対象に選びました。たいした理由もなく駒場で第二外国語にスペイン語を選択していたこと、そして、法学部の勉強を怠けて読んだコロンビアの作家ガルシア=マルケスの小説『百年の孤独』があまりに衝撃的だったことです。魅力的な作品は世界のあちこちにあるものですから、なにかのめぐりあわせが違えば、別の言語の文学研究を志していたかもしれません。三年勤めた国会を辞め、たまたま友人がいて身近に感じていた文学部現代文芸論の修士課程に進みました。二〇一三年からはスペインに渡り、一八年に留学先で博士号を取得、ポスドク生活を経て現在に至ります。研究では、ヨーロッパや米国を中心とする近代の世界秩序におけるラテンアメリカの周縁性と文学表現の関係を追究しています。日本も明治以降に西欧由来の異質な文化を受容して近代化を果たしたという意味でやはり周縁ですので、比較して考えていくのもおもしろいです。
 なんて廻り道をしたんだろう、などと昔は考えていましたが、こうして顧みれば、鬱々と送った学部時代にも、国会での仕事にも、そのあとの行路へ導いてくれるものとの思いがけぬ出あいが、無数のできごとのうちに散りばめられていたのだと気づかされます。これからまた長い時を過ごすだろう駒場では、どんな出あいがあって、それらはどこへ連れていってくれるのか。楽しみにしています。
 駒場で学ぶ皆さんに。日々遭遇するいくつものものごとは、自身にとっての意味をただちに感じ取れるものばかりではないかもしれません。でも、数年後、十年後、あるいはもしかしたら数十年後、夜空に星座を見出すように、予想もしなかったいくつかが繫がって、形をなすのかもしれません。教員として私も、学生の誰かがいつか自分の星々を見つけるための手がかりを差し出すことがもしできたなら、それほど嬉しいことはありません。

(地域文化研究/スペイン語)

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