HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報637号(2022年6月 1日)

教養学部報

第637号 外部公開

<時に沿って> 広がりと深まり

白石直人

image637_5_03.jpg 二〇二二年四月より相関基礎科学系(学科だと統合自然科学科)に着任した白石直人です。専門は理論物理、特に非平衡統計力学です。物理というと極限まで小さい世界に突き詰めていく素粒子物理のイメージを持つ人も多いかもしれませんが、私の研究対象はそれとは少し違います。例えば我々の身近にある水は、熱力学や流体力学などのマクロな法則に従うことが膨大な実験・観察によって確かめられています。一方、水は水分子の集まりであり、ミクロな水分子の挙動は量子力学でよく記述されることが分かっています。そうすると、マクロな水の性質は原理的にはミクロな量子力学だけから導出できてしかるべきですが、実際にはそれは非常に難しい問題として残されています。私が専門とする統計力学は、このようなミクロとマクロの間に立ち、それらをつなぎ合わせるような研究領域です。
 さて、私は二〇一七年にここ駒場で学位を取得しました。二年間の前期教養課程も合わせると、計七年間をこの駒場キャンパスで過ごし、そして五年の時を経て再び戻ってきたということになります。駒場は、もちろん専門を究めさせてくれる場でしたが、それと同時に専門を超えて幅広い領域へとつながっていける場でもありました。
 私は二〇一七年九月から二〇一八年八月までの一年間、特撮番組「仮面ライダービルド」の物理学アドバイザーをしていました。仮面ライダーは一年一クールなのですが、このクールの「ビルド」は物理学者が主人公で、物理学者が仮面ライダーに変身して戦う、という設定でした。私の物理学アドバイザーとしての主な役割は、主人公の秘密基地の黒板(物理学者なので基地に黒板がある!)に書かれている数式やエフェクトのCGに現れる数式について、正しい物理学の数式、可能ならばその回のストーリーと関係のある数式、を選んで書くことです。それ以外にも脚本を科学的視点からチェックしたりもしますが、元々特撮番組である以上相応に柔軟な対応が必要です。さてそもそもなぜこの仕事を私がするようになったのかですが、それが実は私が駒場教養のときに履修していた政治学のゼミの先輩が東映に勤めていて、その先輩の知り合いの「物理を専門とする人」として私に声がかかった、ということでした。ちなみにこれとは全く別の話ですが、その政治学のゼミの有志で本を執筆する話が持ち上がり、私もそれに関わった結果、物理学者である私の初出版の書籍は(共著ですが)政治史をメインとした本ということになりました。
 領域横断研究のような話を期待して読み進めた方にはいささか拍子抜けなエピソードだったかもしれませんが、ともあれこういう意外な出会い、普通と違う世界への展開があったのは、駒場教養の広がりのおかげだと思います。しかしそれと同時に、このように異なる世界への道が拓けていけたのは、その前に自分の専門をきちんと固め、その道で相応の研鑽を積めていたがゆえでもあるのだろうと思っています。広さと深さの二つを与えてくれた駒場の空間に感謝しつつ、教員の立場になった今度は、そのような豊かな空間を次の新しい世代に受け継いでいけるようにしていきたいと思っています。

(相関基礎科学/物理)

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