HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報637号(2022年6月 1日)

教養学部報

第637号 外部公開

<時に沿って> 人文学・社会科学研究者の社会的責任

福本江利子

image637_6_01.jpg 二〇二二年四月に総合文化研究科広域科学専攻の講師に着任いたしました。科学技術社会論(STS:Science, Technology & SocietyまたはScience and Tec­hnology Studies)の授業を担当いたします。修士課程でお世話になったキャンパスと研究室で、今度は教員としてお世話になることになりました。身の引き締まる思いであるとともに、新しい海に泳ぎだすような感覚でおります。
 科学技術社会論は、科学史や科学哲学、科学社会学などを前史として、一九七〇年代半ばに米国を中心に国際的な学会組織が生まれました。日本では、一九九〇年にネットワーク組織が、二〇〇一年に学会組織が設立されました。比較的新しい学際的領域に身を置く者として、「私は化学者です」「私は文学者です」というふうに自身の専門を答えられたらどんなに楽かと思ったことが何度もあります。私は、科学技術社会論および科学政策の専門プログラムでPh.D.を取得し、行政学や研究政策のアプローチも織り交ぜながら研究を進めています。現在は、研究者の研究(者)観や行動および戦略についての調査を実施しつつ、学術ジャーナル、研究や大学と社会との関係、責任ある研究とイノベーション、繁文縟礼や公共的価値などを研究テーマとして扱っています。この度の着任を機に、駒場キャンパスでの環境を生かした教育・研究にも取り組んでまいりたいです。
 科学技術社会論は、科学や技術と社会との界面に生じる課題や、科学・技術および科学者・技術者の営みなどについて人文学・社会科学的アプローチを用いて取り組む学際的領域です。例えばCOVID─19の世界的流行に関しても、政府の専門家パネルの形成や運営、意思決定のあり方、あるいは関連する報道やSNSなど、科学や技術と社会との界面にある課題の例には事欠きません。この分野では、過去や現在の事象について分析や考察をする一方で、現在そして未来に続く、しかも複雑性を伴う諸問題に、現実的にどう対処すればよいのかという問いや葛藤がつきまといます。
 科学技術社会論において重要なテーマのひとつに、「科学者の社会的責任」があります。日本への原子爆弾投下にはじまる責任の認識から科学者共同体の内外で提起されて以降、時代ごとの科学・技術と社会の問題と交わりあいながら議論が続いています。それでは、「人文学・社会科学者の社会的責任」はどうでしょうか。私はまだ若手の身ですが、純粋に学術的に優れた研究を目指すとともに、現実社会の諸課題に対して自分はどのように貢献できるのかという問いと実践にも、今後数十年をかけて向きあっていくのだろうと思案しています。
 科学技術社会論の扱う課題群、あるいはより広く現実社会にある課題群には、必ずしも答えがないけれども現実的に対処しなければならないものが多くあります。議論や対話を続けること自体に意義があるもの、さらには問いの枠組みや前提自体を問う必要のあるものもあると思います。さまざまな分野の集まる駒場キャンパスで、時に沿って、楽しみながら、少しずつでも迷いながらでも歩んでいきたいと思います。

(広域システム科学/情報・図形)

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