HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報637号(2022年6月 1日)

教養学部報

第637号 外部公開

<時に沿って> 駒場での出会いがもたらした道

小田博宗

 二〇二二年四月に総合文化研究科言語情報専攻に着任しました、小田博宗です。専門は理論言語学で、特に、複数の言語の(一見異なる)統語現象を比較し、言語の本質的な共通点や差異を明らかにする比較統語論や、多様な言語の類型論的観察を理論言語学の観点から分析する(あるいは逆に言語類型論的観点から言語理論を見つめ直す)生成言語類型論が研究の中心です。
 正直な話、東大に入学した時には、まさか自分が言語学の研究者になろうとは、そして東大の教員になろうとは、考えもしませんでした。元々私は、(漠然と)弁護士になりたいと思って文科一類に入学しました。しかし、必修ドイツ語の授業でニーチェの著作(体験が衝撃的すぎてどの著作だったか忘れましたが)を講読することになった際、クラスメートたちが先生と交わす哲学の議論のあまりのレベルの高さに、私は全くついていけず、「彼ら彼女らと同じ世界で競合していくのは無理だ」と思わずにはいられませんでした。
 しかし私は同時に、その授業を担当して下さっていた足立信彦先生に救われます。足立先生の紳士的なご指導にうまく乗せられ、ドイツ語の構造や日本語・英語との比較といった言語に関する議論ならば、優秀なクラスメートにも引けをとらないと感じて(錯覚して)いました。これが、私が言語学の道に進むことに決めた大きな理由の一つです。その後は、これまた様々なありがたいご縁により、文学部英文科、その修士課程へと進学し、さらにアメリカのコネチカット大学に留学し、言語学者として東大に帰ってくるに至ります。
 また、この駒場での体験は、自分の研究者としての方向性も決定付けました。世界にはたくさんの優秀な研究者がいますが、彼ら彼女らと同じ個別の言語や現象を扱っても、怠惰で飽き性な私では、新しい知見を生み出していくことは難しいだろうと考えました。しかし、既に研究の蓄積がある個々の言語や現象でも、他の言語や現象の視点から角度を変えて見てみると、新しい知見がたくさん得られること、そして、そうした視点での研究は、意外とまだまだ未開拓の部分が多いことに気づきました。優秀なライバルとの競合を避け、自分の土俵を見出す。これは、駒場においてクラスメートと足立先生との出会いから学んだことに他なりません。
 これに限らず、駒場での様々な出会いが、私の在り方と進むべき道を作ってくれました。全国から集まる優秀な学生に出会い、様々な学問とそれを専門とする教員に出会い、己の在り方を考える、その貴重な機会・環境が、ここ駒場には用意されています。また、進学振り分けというシステムも、そうした環境における学生の変化を前提とし、歓迎しているように感じられます(もちろん初志貫徹も等しく歓迎していると思います)。私のようにその恩恵を受けた方も少なくないでしょう。今後は教員として、その環境の一部として、学生のみなさんの駒場での出会いに少しでも貢献できればと考えていますし、また、私自身も、駒場での新たな出会いを楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。

(言語情報科学/英語)

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