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最終更新日:2022.11.07

教養学部報

第638号 外部公開

ポンプの皮を被ったチャネルを視る、識る、そして創る

加藤英明

 生物の基本単位が細胞であり、細胞がその生命活動を維持するために絶えず外界と物質や情報のやり取りを行っているというのは、教養学部報613号にて私が冒頭言及した通りである。細胞膜は多くの物質を内外でやり取りするが、そうした基質の代表例として各種イオンが挙げられる。細胞はイオンを様々な用途に利用する。例えば神経細胞の場合、その発火(活性化)にNa+の細胞内流入、発火終結(活性抑制)にK+の流出を利用していることは読者も承知の通りである。
 ヒトの脳内には一〇〇〇億近い数の神経細胞が存在しており、適切なタイミングで適切なサブセットの神経細胞が活性化されると攻撃行動や社会性行動など様々な行動が惹起される。こうした個々の神経細胞の機能を調べるために開発された手法の一つが光遺伝学である。光遺伝学とは光によって活性化されるイオンチャネルやイオンポンプを神経細胞に発現させ、光によって特定の神経細胞のみを可逆的に活性制御する技術である。このイオンチャネルやイオンポンプとしてはArchやNpHRといったポンプ型ロドプシンや、CrChR2やGtACR1といったチャネル型ロドプシンなど微生物が有しているイオン輸送型ロドプシンが利用されているが、イオンの輸送効率の高さから基本的にはポンプ型ロドプシンよりもチャネル型ロドプシンの方が光遺伝学ツールとして好まれている。チャネル型ロドプシンと一口に言ってもチャネル活性や励起波長、光感度やイオン選択性など、光駆動性チャネルとしての性質は個々のロドプシンによって大きく異なる。そのため、より発展的な光遺伝学実験を行い、生命現象をつまびらかにしていくために、これまで様々なチャネル型ロドプシンが自然界の微生物からの発見、あるいは既知のチャネル型ロドプシンの改変によって開発されてきた。
 こうした状況下で、我々のグループは二〇一九年に海洋微生物より新規の陽イオンチャネル型ロドプシンであるChRmineを発見した。ChRmineはこれまで報告されてきたチャネル型ロドプシンの中でも最も高いチャネル活性と光感度、そして長波長シフトした励起波長を兼ね備えた、光遺伝学ツールとして非常に強力なロドプシンであった。しかし一方で、アミノ酸配列は従来のチャネル型ロドプシンよりも寧ろポンプ型ロドプシンと類似しているという奇異な特徴を有しており、いわば「イオンポンプの皮を被ったイオンチャネル」とも呼べる代物であった(しかも普通のチャネルロドプシンよりもパワフルなのである!)。そこで我々は「ChR­mineはどこまでがポンプ型ロドプシンと似ており、どこからがポンプ型ロドプシンとは異なるのか」という疑問に答えを与えるため、その立体構造解析に着手した。チャネルロドプシンのような小さな膜タンパク質は従来X線結晶構造解析の手法を用いて構造決定を行うのが定石であったが(実際過去我々はX線結晶構造解析を用いて多くの微生物型ロドプシンの構造決定を行ってきた)、あいにくとChRmineの良質な結晶を得ることはできなかった。そこで我々は近年技術革新のめざましいクライオ電子顕微鏡(cryo-EM)を用いてこのタンパク質の構造解析を行うことにした。一般にcryo-EMを用いてタンパク質の高分解能構造解析を行う際、タンパク質の分子量が重要となる。ChRmineは単量体が30 kDa程度と非常に小さく、元来cryo-EM構造解析には不向きなタンパク質であったが、我々はChR­mineに対して強固に結合する抗体を作成することでこの問題を克服し、最終的に2・0 Åという高分解能でその立体構造を決定することに成功した。(蓋を開けてみれば、これはチャネル型ロドプシンの構造としては最高分解能の一つであった。)
 構造を解いて我々が最初に驚いたのは、ChRmineはアミノ酸配列、つまり一次構造のみならず三次構造や四次構造までポンプ型ロドプシンと酷似していたことである。しかし、その一方で膜貫通ドメイン2番(TM2)の末端や細胞外ループ1番(ECL1)などがこれまでのポンプ型やチャネル型ロドプシンには見られないユニークな構造をとっており、これがタンパク質内部に非常に大きな空隙を形成していた。チャネル型ロドプシンはイオンの受動輸送しかできない代わりに、単位時間あたりに多くのイオンを輸送できるというのが特徴である。つまりChRmineは、TM2やECL1といった局所的な構造を変化させることでタンパク質内部の空隙を大きくし、単位時間あたりに多くの輸送を制御する能力、すなわちイオンチャネルとしての機能を獲得したのではないかということが分かったのである。
 我々はまた、得られた構造情報を用いてイオンの透過経路や発色団であるレチナールの近傍に変異を導入することにより、ChRmineの励起波長をさらに長波長化した改変体(rsChRmine: red-shifted ChRmine)、チャネルキネティクスをさらに速めた改変体(hsChR­mine: high-speed ChRmine)を開発することに成功した。さらに、このrsChRmineを既知のCa2+可視化ツール二種と組み合わせることで、生きたマウスの脳内で複数の神経細胞集団の活動を同時に光操作・計測するという発展的光遺伝学実験を実践することができた。これら一連の成果は、「ポンプ型ロドプシンとアミノ酸配列が似ているChRmineがなぜイオンチャネルとして機能することができるのか」という問いに答えを与えただけでなく、「三色の可視光を組み合わせた光遺伝学実験を世界に先駆けて成功させた」という点で高く評価され、Cell誌に掲載された。
 今回の仕事は、ChRmineという謎多きロドプシンの構造を可視化し、その機能の分子基盤を識り、さらにはrsChRmineやhsChR­mineという自然界には存在しない新たな光遺伝学ツールを創ったという点で、まさに我々の研究室が掲げている「タンパク質を視る・識る・創る」を体現する研究となった。しかし、ChRmineについて未だわかっていないことは多く、光遺伝学ツールとしても改良の余地は大いに存在する。今後もこの方向で研究をさらに発展させ、ロドプシンによる光エネルギー変換の奥深さ、ロドプシンを用いた生命機能の光操作を心ゆくまで楽しんでいきたい。

(生命環境科学/先進科学)

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