HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報638号(2022年7月 1日)

教養学部報

第638号 外部公開

<時に沿って> アカデミアから起業、そして再びアカデミアへ

瀬尾秀宗

image638_3_1.jpg 四月より大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系に講師として着任しました。私自身は理学系研究科で学位を取得しましたが、そこでの研究を元に当時のボス(現在総合文化研究科太田邦史教授)と共にベンチャー企業を設立し、約十年企業で研究活動を行いました。日本の大学教員としては珍しいキャリアだと思います。最近は起業に興味のある学生さんも多いようなので、自己紹介がてら学生時代から起業に至ったエピソードをご紹介します。
 博士課程では、DT40というニワトリ由来の培養細胞を用いた研究テーマを頂きました。始めにこの細胞について勉強してみると、細胞内で抗体の遺伝子が少しずつだが継続的に変化していること、抗体タンパク質を産生しているなど、面白い性質を持っていることを知りましたが、その際「この細胞を使って試験管内で抗体が作れないだろうか?」というアイデアを着想しました。抗体はウイルスに感染した際などに体内で作られるタンパク質ですが、試薬や診断薬、さらに医薬品としても活用されています。だから抗体を試験管内で作る新規技術が出来ればそれは面白いに違いないと思ったのです。ただ抗体遺伝子の変化速度が変化するとは言っても非常に遅いという点がネックとなり、諦めざるをえませんでした。
 博士論文の方は苦戦を強いられ、学位は危うい状態でした。そんな中、とある薬剤でDT40細胞を処理すると、遅かったはずの抗体遺伝子の変化速度が劇的に加速されることを発見したのです。この結果を見た瞬間、昔のアイデアが蘇ってきました。「この現象を使えば、抗体を作る新しい技術が出来る!」。とはいえ私の所属は理学系。メカニズムを明らかにする研究科です。何とか理学テイストの研究としてまとめ、学位を取得しました。
 学位取得後は抗体作製技術の開発に注力しました。研究はスムーズに進み、抗体を従来法よりも迅速かつ簡便に作製する試験管内技術(ADLibシステムと命名)の基礎ができました。同じ時期にボスの友人がファンドを立ち上げたこともあり、ベンチャーの話が持ち上がりました。当時から抗体は医薬品として注目を集めており、ADLibシステムを創薬プラットフォームとして実用化する会社(株式会社カイオム・バイオサイエンス)を設立することになった訳です。私も創業メンバーの一人として出資し、完全に会社の方に移籍し、会社員生活が始まりました。会社時代の経験はとても素晴らしく、お話ししたいことが沢山あるのですが、生憎紙面の都合でまたの機会にさせてください。
 現在はより基礎的な研究を行うべく、太田先生の研究室に所属しています。研究テーマとしては抗体エンジニアリングを中心に、その過程で得られた成果をヒントに細胞生物学、免疫学といった基礎研究も展開しています。この少々変わったキャリアと専門性を生かし、学生の皆さんに講義等の場で色々な経験を伝えていきたいと考えています。また、第二、第三の起業のシーズを見出すという目標もありますので、研究室の皆さんと切磋琢磨し、実現に向けて日々努力していきたいと思います。

(生命環境科学/生物)

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