HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報638号(2022年7月 1日)

教養学部報

第638号 外部公開

<時に沿って> さて、今度はどこに向かうのか?

桐谷乃輔

 こんにちは。二〇二二年四月より総合文化研究科の准教授として着任し、化学の教育・研究に携わります。学位取得後に工学・物理系へと進んだ私にとっては、十三年ぶりの化学領域ということで、懐かしさと目新しさを日々感じています。
 この職業では、あいさつ代わりに「研究内容は?」と聞かれるものです。これは難しい質問で、上手く答えられた試しがありません。なぜなら、この質問に真正直に答えようとすると、自分の研究者としての紆余曲折を語り始め、ひと言ふた言では終わらなくなるからです。ですから大抵は、「分子や化学現象を電子デバイスへ搭載をしています」などとお茶を濁しています。そんな私の「研究歴は?」というと......
 私はこの十三年間、人との繋がりやそのときどきの興味に身を任せ、機械工学やら電子工学やら、いわゆる異分野を渡り歩いてきました。学生時代は、新しい分子を創る!と息巻いて日夜フラスコを振っていた記憶があります。化学分野で博士の学位を取得後、本学の機械工学系の研究室で研究員として勤務したのち、渡米しました。
 アメリカで私をポスドクとして拾ってくれたのは、電気電子工学分野の研究室でした。アメリカでは分野横断的な研究者は珍しくはないのですが、化学―しかもフラスコを振っていた人間―が電気電子分野に在籍することは珍しいようでした。ここでの私のミッションは、化学の〝プロ〟として、次世代のエレクトロニクスへの展開が期待されるナノ物質(〝ナノ〟スケール:10─9メートル)を電子デバイスへと展開する研究を進めることでした。分子と同じサイズのナノスケールにおいては、化学的視点によって理解できることが多いものです。一部の同僚が「化学(Che­mistry)は万能だ」というような、冗談を言っていたのが印象的です。その期待に応えるべく、有機化学や無機化学をこっそり勉強し直していた記憶があります。なお、本学への着任に際して、当時のボスや同僚達からCongra­tulations!と言ってもらえたということは、"化学者"として彼らの研究に役立っていた(誤魔化せていた)のだろう、と思っています。
 帰国後も継続して電子工学系の分野に所属をして、今に至ります。思えば、学生時代の私は、エレクトロニクスや最新の機器には恐ろしく疎かったです。それが、いきなり最先端のど真ん中に飛び込んだものですから、情報通信技術、ソフトウェア、果てにはプログラムに関する会話に大いに刺激を受けました。そして、電子素子や電子技術を創ることも、基礎学問である化学領域と同様に、基礎技術や基礎原理の創出が鍵であるということを感じました。
 これまでの経験からインスパイアされ、たどり着いたのが、分子集団の自由度を応用した自発性をもつ電子物質や電子デバイスの開拓です。将来実現すれば、生物とデバイスの境界を無くせるのでは、と期待をしています。とはいえ、方向性は時勢や議論の中で変化していくもの。ここ総合文化研究科での多分野との出会いにより何が生み出されるのか、さて、今後私はどの分野を主戦場としてゆくのか、楽しみでなりません。

(相関基礎科学/化学)

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