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最終更新日:2022.11.07

教養学部報

第638号 外部公開

<時に沿って> 聞く力/語る力

針貝真理子

image638_4_1.jpg 二〇二二年四月に、東京藝術大学音楽学部から移籍し、超域文化科学専攻表象文化論コースに准教授として着任しました、針貝真理子と申します。福岡から上京して入学した慶應義塾大学の独文科で「演劇学」という学問に出会い、留学先のベルリン自由大学で演劇学の博士号を取得して今に至ります。ドイツ語圏の演劇学は、戯曲を基に上演される台詞演劇のみならず、ダンスやパフォーマンス、現代美術、映像、音楽を含む幅広い上演芸術表現を扱う学問です。そこで私は、日欧の現代演劇における〈声〉の演出に重点を置いて研究してきました。なかでも私が興味を持っているのは、何を言いたいのか、何をしたいのか、すぐにはわからないけれど、聴く者の耳に強烈な記憶を刻みつけるような〈声〉です。規律化された日常生活のなかでは、こうした〈声〉を耳にすることはめったにありませんが、日常を少し違う角度から見せてくれる舞台芸術は、こうした謎めいた〈声〉をたびたび聞かせてくれます。そうした〈声〉は、私たちの社会にひそむ異質なものの存在を訴え、「聞く」という経験を通して、異質な存在と共に生きる術について考えさせてくれるのです。
 このようなことに興味を持つようになったのは、私自身が、自分自身のことをうまく語れないという経験、そしてまた、一人前に語る者として扱ってもらえないという苦い経験を重ねてきたことがひとつのきっかけだと言えます。ただしここで留意していただきたいのは、語る能力の不足が、耳を傾けてもらえなくなるという結果に先行する原因とは限らない、ということです。そもそも語る者として遇されないがゆえに、うまく語ることができなくなるという因果関係もまた、そこにはたしかに存在するのです。若年者として、女性として、あるいは地方出身者として、さまざまなステレオタイプに押し込められ、自ら語る言葉を持つ者として扱われずにいると、「私なんかにわかるわけがない」と自らの可能性を閉ざしてしまい、本当なら自分を助けてくれたはずの概念や言説から、自らを遠ざけてしまうということが起こります。私の場合、自分をそうした状況から解放してくれたのが、大学という場でした。指導教授をはじめとする多くの人々が、「あなたは何を考えているのか」と繰り返し聞き、拙い言葉にも辛抱強く耳を傾けてくれたからこそ、語る言葉を得、その助けを借りて思考を重ねることができたのだと思います。みなさんの中にも、たとえば「東大」というレッテルによって、ある種のステレオタイプに押し込められていると感じている人は少なくないのではないでしょうか。そのステレオタイプによって、閉ざされてしまっている領域がありはしないでしょうか。私は、このたび着任した東京大学という場が、「東大生」である以前にひとりの生身の人間として語る力を育む場であってほしいと願っています。そしてまた同時に、大学という場への入口が狭き門である以上、自らにとって異質な〈声〉に耳を傾ける力を育む場でもあってほしいと強く思うのです。そのような場をつくるのに、少しでも貢献できればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

(超域文化科学/ドイツ語)

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