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最終更新日:2022.11.07

教養学部報

第638号 外部公開

<時に沿って> ボリビア音楽に誘われて

相田 豊

image638_4_2.jpg 二〇二一年四月に総合文化研究科地域文化研究先行の助教に着任しました、相田豊と申します。主に学部一、二年生のみなさんにスペイン語を教える仕事をすることになります。駒場は今年でなんと十三年目で、時が経つのは早いものだ、と感じています。
 思えば今から十三年前、私は駒場のキャンパスで演奏されていた南米ボリビア音楽に魅了されて、初めてスペイン語圏の文化の世界に足を踏み入れました。ほどなくして、自分でもボリビアの音楽を演奏するようになり、そのうち実際にボリビアにまで行くようになり、それを研究のテーマとし、ボリビアで永住権を獲得し、博士論文までボリビア音楽のことで書いてしまいました。そんな私が、今では東大という場で、教鞭を取る側に回ることになるとは、たいへん誇りに思っています。
 と、いっても、思えばここまでの道のりで、私よりも優秀だった人はいくらでもいたような気がします。私よりもボリビア音楽の演奏がうまかった先輩・後輩はいくらでもいますし、スペイン語も、文化人類学も私よりできた人は、これまたいくらでもいました。でも、そうした人々の少なからぬ人たちが、他のことをするためにやめていってしまいました。私がもし他の人に比べて違うところがあるとすれば、あきらめ悪く、ずっとやめなかったことだろうと思います。「続けてきた」というほど偉そうなものでもありません。ただ、好きで好きでやめどころを失ったまま今まできただけ、「やめれなかった」だけです。
 もちろん、それをやめずにここまで来られたのは、それを受け入れてくれた駒場という場所の懐の広さによるものだろうと思います。私は、自分自身の研究について、「これは絶対にいつか人の役に立つ」と思ってやっていますし、授業を持つ時も少しでも学生のためになるように努力しています。それでも人文学の基礎研究に対する世の中の視線は厳しいですし、もちろんそれは真っ当な厳しさでもあるわけで、当然のように私が十三年も「一見無駄なこと」をやり続けて来られたのは、駒場という学術上の自治空間がそれを許してくれたという他ないでしょう。
 今、教員の側にまわることになり、今度は自分がこの「学問的に意義のある形で無駄なこと」を守る側に立ちたい、という思いを強くしています。自分について、世界について、他人について、愛について、正義について、いろいろなことをぼんやりと考える時間、その時間を共に過ごしていける共同体は駒場の教養教育の根本だと思います。学生のみなさんを含む、駒場の構成員の方々のお力をお借りしながら、このような自分の「仕事」を全うしていければと思っています。

(地域文化研究/スペイン語)

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