HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報639号(2022年10月 3日)

教養学部報

第639号 外部公開

美術展カタログの美術展とは? ─駒場博物館の意外な愉しみ

今橋映子

 学生の皆さんは、駒場キャンパスに博物館があるというのをご存じだろうか。そう、毎日のように行くであろうアドミニストレーション棟の隣の建物、時々展覧会のバナーがかかるからすぐに分かる。実はこの建物、1号館を挟んで九百番教室と対になっており、かつて旧制第一高等学校の図書館として建てられた。筆者が院生だった一九九〇年代には事務棟として雑多に使われていたが、その後の大改修を何度か経て、二〇二二年現在ではかつての風雅な面持ちを取り戻している。是非一度、(いつでも無料で、一般の方にも開放されている)展覧会場を訪れて欲しい─中に入ると天井が教会のように高くなっていて、あたかも「駒場の瞑想空間」だと、筆者はいつも密かに思っている。

image639_3-1.jpg さらに、駒場博物館の存在はよく知っていても、この建物の中に、展覧会場とは別の「お宝空間」があることを知る人は少ないだろう。─それが「カタログ資料室」である。展覧会カタログ(図録とも称する)は、美術や歴史、自然科学などの展覧会が開かれたときに、その趣旨や研究、展覧された作品写真やリストを、「本」の形で同時に公にするツールである。これは「本」の形をしてはいるが、実は展覧会グッズと同じ扱い、会場でしか売らない報告物でもあって、手に入れるのがなかなか面倒なのだ。その代わり様々な著作権上の優遇があるため、二千円から三千円くらいの「安さ」で、オールカラーで素晴らしいデザインの「本」を手に入れることが出来る。このところはISBN(国際標準図書番号)が付いた書籍として、書店で買えるものも少しずつ増えてきた。
 展覧会カタログは、手に取って嬉しい存在なのだが、学術界においては第一に研究上非常に重要な資料である。展覧会という稀有の機会だからこそ結集する新出の美術品や資料、それに関する最新研究や知見、緻密に書かれた年譜や参考文献一覧など、それこそ研究の入り口になるような情報が詰まっている。その上にしばしば、書店を通さないからこそのデザイン上の遊び(箱の中に紙が積み重なっているカタログとか、異様に小さい判型とか、メタリックな表紙......とか)が、展覧会意図と合致しているのを見るのも楽しいし、興味深い。
 筆者はかつて『展覧会カタログの愉しみ』(東大出版会、二〇〇三年)という共著を編んだ。それも一つの機縁として、駒場博物館スタッフの熱意と駒場図書館の必須の協力をもって、二〇〇七年六月、カタログ資料室の開室にこぎ着けた。
 それ以来十五年の歳月を経て、現在では二万千五百冊を超えるカタログを収蔵するに至っている。これは国立新美術館アートライブラリーなどの規模からすれば本当に小さいが、逆には、予算と時間が限られた中、駒場の学生や院生の教育と研究に資するカタログを、「選択と集中」の原理で集め続けた結果、純度の高い資料室に成長したと言うことが可能だろう。国立国会図書館のリサーチナビでも当資料室が紹介されており、それが分かる。コロナ禍で制限は色々とあるが、基本、学内者はここの資料を利用出来るので問い合わせて欲しい。
 先にも書いたように、美術展の現場で基本販売されているカタログを集めるのは容易でない。人気の展覧会なら、実は隠れたベストセラーでもあるカタログはすぐに売り切れてしまう。これまでの収集と保存は何よりも、博物館スタッフの皆さんの不断の努力に支えられてきた。それに加え開室当初から、大学院比較文学比較文化研究室の院生委員会(有志)が、全国の美術館博物館の年間スケジュール情報を収集整理し、購入すべきカタログをそこから選択する─というシステムを構築して、院生代々に引き継いできた、その活動の賜物でもある。博物館学芸員(折茂克哉助教、坪井久美子氏)はその活動を美術館側から援護し、さらには「美術展を本の世界で」という展覧会に発展させたのである。二〇一八、二〇一九年に続き、本年二〇二二年は三回目の展覧会。ちょうど新学期に合わせ、前年度に購入したカタログ全てを「新収蔵分」として並べて紹介しながら、その場で読めるという粋なはからいの企画展である。駒場博物館のあの名品、デュシャン《大ガラス》の傍らの机でゆったりと、素敵なカタログの世界に浸れるとは何という贅沢だろう! ─そういえばここはかつて、旧一高の図書館だったということも思い出す。
 この第三回展覧会では新しい試みとして、この展覧会準備に関わった(オンキャンパスジョブの)院生たち、および筆者の二〇二一年Aセメスターの総合科目「比較芸術」の参加学生たちが、「推しログ(自分が推薦したいカタログ)」について短く(けれども熱く)紹介したパネルを三十点ほど、会場に掲示した。こうした教育と研究、そして展覧が密接に連関する活動が評価され、『毎日新聞』(二〇二二年六月十二日、朝刊)に「展覧会図録の魅力を伝える 蔵書二万一五〇〇点」)という記事が掲載されたことも喜ばしい。カタログ資料室は今後とも、授業や研究に直接的に役立つ、優れた本を収集予定である。そしてできるだけ毎年春に、同様のカタログ展を開催する予定である。緑爽やかな駒場の新学期、ぜひ一度は皆さんにも足を運んで頂きたいと思っている。

【詳細情報】

(超域文化科学/フランス語・イタリア語)

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