HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報639号(2022年10月 3日)

教養学部報

第639号 外部公開

曲面の上のパターン形成:Shape matters

石原秀至

 動物や魚の表皮模様、地表に現れる植生パターン、空に浮かぶ雲の形、自然界には様々なパターンが現れる。一口に「パターン」と言ったが、もちろんこれらは多様な時空間スケールにまたがり、パターンを構成する素材も、パターンの形成を駆動するミクロな仕組みもシステム毎に異なる。しかしながら、いったん系を支配する方程式を書き下してみると、パターンが発生する数理的な仕組みが共通している例は多い。計算理論や暗号解読でも知られる天才数学者アラン・チューリングは、一九五二年の論文"The Chemical Basis of Morphogenesis"で、生物の発生において「なぜ、単純な初期胚からさまざまな性質を持った組織や器官が生まれ、秩序だった形態が作られるのだろうか?」と問い、複数の化学成分が拡散しながら互いに反応する「反応拡散系」と呼ばれるモデル方程式を導入した。チューリングは、たった二成分の化学成分を含む系を考察した。細胞どうしが拡散過程で物質をやり取りする場合、系は一様状態に近づく。拡散を無視して反応のみを考えても、定常状態では全ての細胞が同じ状態に行き着く。ところが、この二つの過程が組み合わさると、細胞ごとに化学濃度の異なる状態が現れ、空間的なパターンが自発的に生み出される。これがTuringパターンである。少し計算すると、このパターンを生み出すには特別なチューニングなど必要なく、特定の化学反応系によらない普遍的な条件があることがわかる。なので、系の詳細によらないパターン形成の一般論を構築できるのだ。
 反応と拡散のみからなる反応拡散方程式系は多くの応用を持ち、数学、物理学、化学、生物学、などの多くの分野に広がった。どのような反応を考えるかに応じて様々なダイナミクスが現れるが、一方で、異なる系でもよく似た現象が現れる。上に述べたTuringパターンはその一例で、一般に静止パターンが実現する。他によく見られる例として、パターンがその形を崩さず、一定速度である方向にすすむ進行波がある。心臓の拍動を促すカルシウムイオンの濃度変化や、神経活動を司どる神経細胞軸索に沿った膜電位の変化はそのような例である。
 ところで、自然界の多くのパターンは、曲がった面上で現れる。生命系だと、体や器官、細胞膜は複雑な形状を成すので、その表面上で細胞集団やタンパク質の局在がどうなるのかを理解することは重要な問題であり、立体観察技術や微細加工技術の向上から近年多くの研究がなされている。例えば遺伝子発現の位置が、曲面の凹凸に依存することはありそうだし、実験からも示唆されてきた。なので、曲面の形状がその上に現れるパターンにどのような影響を与えるのかは興味深い問題で、実はチューリングの論文でも既に球面上のパターン形成が議論されている。進行波の場合には、曲面の形状を工夫すると、伝播する波の分裂を引き起こしたり、ある特定の方向のみへ進行(整流)させたりできることが理論的に示されている。静止パターンであるTuringパターンの場合、曲面形状によってパターン発現の位置が影響を受ける。面の凹凸によってパターンの位置が変わるのは、まぁ想像はできる。
 今回、我々は「平面上では静止パターンであるTuringパターンが、曲面では動く」という現象を発見した。これは結構な驚きで、一般に平面で静止するパターンは、特殊な事情がない限り、曲面でも動かないと考えられてきた。発見のポイントとしては、先行研究では主に球面等の対称性の高い曲面が調べられてきたが、そこから面の形状を歪ませたことにある(ただし解析しやすいように主に軸対称な面を調べた)。図に示したケースでは、時間とともにパターンが円筒軸を中心に回転する。パターンが動くためには曲面の形状にいくつか条件がある。単純な円筒では動かない(平面に展開できるので当然)。軸方向に凹凸が必要だが、左右対称だと動かない。また、図のように円筒に巻き付かず、軸に沿ったパターンも現れ得るが、その場合も動かない。そして、それ以外の場合には一般に動く。このパターン、見た目は進行波と同じなのだが、その駆動要因は全く違う。普通の進行波は次元に関係なく現れるが、今回見つけたパターンは、内的な曲率のない一次元では現れ得ない。そういう意味で、曲面の形が引き起こす新規な現象であり、新しい進行波メカニズムを発見したとも言える。

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 さて、この発見、どのような意義があるのだろうか? 可能性は色々考えられるが、残念ながら何かすぐ対応する実現象をあげられるわけではない。個人的には「舞台(曲面)の形がその上のパターンに思わぬ影響を与える」ことを示した点が気に入っており(サイエンスライターのPhilip Ball氏は、我々の研究に対して"Shape matters"とリツイートしてくれた)、とはいえ、今回の研究はその入り口を示したに過ぎない。自然界に多様な形態が現れる理由やその機能に、理論的にも実験的にも迫れれば面白い。

(相関基礎科学/物理)

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