HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報639号(2022年10月 3日)

教養学部報

第639号 外部公開

<時に沿って> 研究者を目指す理由

金子直嗣

image639_3-2.jpg 二〇二二年五月に身体運動科学研究室の助教として着任しました金子直嗣(かねこなおつぐ)と申します。どうぞ宜しくお願い致します。専門分野は神経科学で、ヒトの運動制御機構における神経可塑性とニューロモジュレーションに関する研究に取り組んでいます。授業はバスケや卓球などの スポーツ実技を担当します。昨年度に本学大学院総合文化研究科の博士課程を修了、博士号を取得してから一ヶ月半で駒場へ戻ってくる機会をいただきました。人生の節目とも言えるこの時期に、研究者を目指すまでの経緯について振り返ってみました。
 私は幼少期から、父親が脊髄損傷による日常動作の障害により苦労する姿を見て育ってきました。脊髄損傷では脳と脊髄の連絡が途絶されて運動機能が障害されます。損傷部位は自然に回復することはなく、再び日常動作を獲得することは困難とされていました。しかし、父親は運動や鍼灸治療など様々な手法を用いた十数年間のリハビリテーションを経て、自立して最低限の生活ができるまで回復しました。私は脳や脊髄といった中枢神経系が秘めた可能性を目の当たりにし、リハビリテーションにより脳や脊髄はどのように変化するのか、なぜ父親が失われた運動機能を回復させることができたのか疑問を抱くようになりました。学部四年生の頃、本学総合文化研究科の中澤公孝先生の研究室を訪れた時、その答えに近づいた気がしました。研究室見学の際に、長期的なリハビリテーションにより脳や脊髄の機能と構造が変化すること、神経科学の分野で発見された新たな知見がリハビリテーションに応用されつつあることを知りました。その後、自分でも勉強を進めていく上で、神経科学という学問に知的好奇心を刺激され、中澤先生の研究室でリハビリテーションへの応用を見据えた神経科学の研究をするために大学院への進学を決意しました。この頃から、「父親と同じような脊髄損傷患者に対する運動機能の回復に貢献できる研究がしたい」という強い意志が私の中に芽生えました。 私の研究は、脊髄損傷、脳卒中、パーキンソン病などに起因する運動障害のリハビリテーションにその成果を応用することを目指しています。大学院では、運動障害後のリハビリテーションとして知られる運動観察と運動イメージに基づいた介入手法についての研究に取り組んできました。現在は、長期的なトレーニングや環境への適応により神経回路が機能的な再編を引き起こす神経可塑性についての研究に従事しています。加えて、脳に対する磁気刺激や神経筋に対する電気刺激を用いて中枢神経系の可塑的変化を誘導するニューロモジュレーションの研究も並行して進めています。
 父親が苦労してきた脊髄損傷を起因とする運動障害を克服するための有効な方法を見出すことが、今も変わらず私の研究意欲の根幹にあります。いつか我々の研究成果が父親をはじめとする障害を患う方々の機能回復の一助になることを願います。

(生命環境科学系/ スポーツ・身体運動)

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