HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報640号(2022年11月 1日)

教養学部報

第640号 外部公開

<本の棚> 広瀬友紀 著 『子どもに学ぶ 言葉の認知科学』

大関洋平

 本書は、広瀬友紀教授(以下、広瀬先生)のデビュー作である『ちいさい言語学者の冒険―子どもに学ぶことばの秘密』(岩波科学ライブラリー)の待望の続編です。前作は広瀬先生の息子さんKくんが小学校に入学する前に産み出した可愛い言い間違いに基づき、言語学を分かりやすく紹介する大ヒット作品でしたが(評者もKくんと面識がありますが、とても人懐っこい良い子で、「おじさん」というあだ名を付けてくれたのは良い思い出です)、本作はKくんが小学校に入学した後に繰り出した国語の宿題の珍解答に基づき、言語学に留まらず、知覚、注意、記憶、表象、そして言語などを含む高次認知機能を研究する学問分野である認知科学までカバーしています。元を辿ると、本書は広瀬先生によるウェブちくまのブログ連載「宿題の認知科学」が元ネタになっていて、評者もファンとして楽しく読ませて頂いていたのですが、新書として(しかも二冊同時に!)出版されることを知った時は、嬉しい驚きでした。ちなみに、算数の宿題の珍解答については、ほぼ同時に出版された姉妹作『ことばと算数―その間違いにはワケがある』(岩波科学ライブラリー)を読んでみてください。
 大きく分けて、本書には特筆すべきポイントが四つあると思っています。一つ目は、宿題の答案が具体例になっているという点です。具体的には、「北海道では、広々とした牧草地で乳牛を育て、牛乳を生産するうしがさかんである」「ぎゅうにゅうぱく」「(筆者の説明のしかたで、「いいな」「分かりやすいな」と思ったところはありましたか?)ありました。」「死会者」など、広瀬先生がKくんの宿題を見てあげた時に撮り溜めたであろうKくん直筆のプリントが引用されており、ただ「面白いね!」で終わること無く、言語学や認知科学に関する洞察を引き出しています(子どもの宿題を見ていたら本が書けてしまったというのは、言語学者としても保護者としても純粋にすごいと思います)。二つ目は、本書を通して読むと、言語学の主要な下位分野を全て網羅しているという点です。一般的な言語学の入門書とは順番こそ違いますが、第五章では音声を対象とする「音韻論(phonology)」、第七章では単語を対象とする「形態論(morphology)」、第三章では文を対象とする「統語論(syntax)」、第四章では意味を対象とする「意味論(semantics)」、第六章では意図を対象とする「語用論(pragmatics)」が取り上げられていて、いつの間にか言語学の入門の授業になってしまいます。三つ目は、言語学の領域を超えて、認知科学における学際的なトピックにまで踏み込んでいるという点です。例えば、第二章では人間が知覚した物体は心・脳で抽象的に表象されているとする「鏡像恒常性(mirror invariance)」、第七章では言語と記憶がお互いに干渉し合うとする「ストループ効果(Stroop effect)」など認知科学の重要概念が噛み砕いて説明されています。最後に、四つ目は、広瀬先生の読み手を惹き付ける臨場感のある語り口です。本書を読んでいると実際に広瀬先生の話を聴いているのかと錯覚するくらい、文章の至る所にノリツッコミやシュールなボケやボヤキが散りばめられていて(読みながらニヤけたりクスッと吹き出したりしてしまうので電車やバスで読む時は気を付けてください)、さっき読み始めたと思ったら一瞬で読み終わってしまうくらい面白いです。
 まとめると、『子どもに学ぶ言葉の認知科学』は、言語学の入門書としても、言葉の認知科学の参考書としても、純粋に読み物としても面白い良書です。他の二冊『ちいさい言語学者の冒険―子どもに学ぶことばの秘密』『ことばと算数―その間違いにはワケがある』と併せて、ぜひ皆さんも広瀬節をご賞味あれ!

image640_2-3.jpg
      提供 筑摩書房

(言語情報科学/英語)




第640号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報