HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報640号(2022年11月 1日)

教養学部報

第640号 外部公開

ミャンマー危機とASEAN

鈴木早苗

 二〇二一年一月、ミャンマーでクーデターが発生した。ミャンマー軍は、民主化のシンボル的存在だったアウンサンスーチー国家顧問を拘束し、実権を握った。二〇二〇年十一月の選挙で不正があったというのが表向きの理由であるが、国民民主連盟(NLD)主導の政権が存続することで、軍の政治への影響力が弱まってしまうことを恐れたからだとみられている。その後の動きは、メディア等でさかんに報道されている通り、民主化勢力や市民に対する軍の弾圧が続いている。二〇二二年七月、国軍は拘束していた民主化活動家らの死刑を執行した。二〇一一年より不十分ながらも進められてきたミャンマーの民主化は完全に止まってしまった。
 ミャンマー危機に対して、国際社会は非難の声を上げた。欧米諸国は次々と国軍関係者などに制裁を発動し、二〇二一年六月には、ミャンマーへの武器流入防止を求める国連総会決議が賛成多数で採択された。他方、具体的に事態の収束に向けた取り組みをしているのが東南アジア諸国連合(ASEAN)である。
 ASEANは一九六七年に設立された地域機構で、加盟国間の関係構築に寄与する一方、内政問題への関与を極力避けてきた。しかし、一九九七年のミャンマー加盟をきっかけとして、その内政不干渉原則重視の姿勢に変化がみられるようになる。二〇〇三年以降、国軍による民主化勢力への弾圧が激しくなるにつれ、ASEAN諸国はミャンマーに民主化の進展を強く求めるようになった。ただし、この段階では共同声明で求める程度の控えめな干渉にとどまっていた。その後、ミャンマーの民政移管にともない、この問題はASEANの議題として重視されなくなった。
 二〇二一年、ASEANは再びミャンマーへの関与を検討する事態に直面した。今回は、声明で暴力停止や民主化勢力との対話を求めるだけではなく、ASEAN特使を任命して、紛争調停に取り組もうとしている。二〇二一年四月、国軍トップのミンアウンフラインも出席したASEAN首脳会議で「5項目コンセンサス」が合意された。その内容は、暴力行為の停止と自制、全関係者間の対話開始、ASEAN議長国任命の特使による対話仲介、人道支援、特使のミャンマー訪問である。このうち、人道支援は国連機関との協力をもとに進められつつあるが、暴力停止や対話実施は停滞している。国軍は民主化勢力をテロリストと主張し、対話を拒否しているためである。
 こうしたなか、ASEAN特使の対話仲介の取り組みは停滞している。国軍の強硬姿勢だけでなく、ASEAN内の意見対立も停滞の一因となっている。国軍に厳しい姿勢をみせるインドネシアやマレーシア、シンガポールに対して、タイやカンボジアは、国軍に同情的な立場を示している。前者は国軍と民主化勢力の対話実現が重要だとする一方、後者は国軍と連携することが必要だと考えている。
 二〇二一年の議長国ブルネイは、インドネシアらの対国軍強硬派寄りの取り組みを実施した。ASEAN特使に任命された同国第二外相は、民主化勢力を含む全関係者との対話を条件にしたため、国軍に拒否され、ミャンマー訪問を実現することができなかった。二〇二一年十月、国軍が「5項目コンセンサス」を履行しないことに対して、ASEAN諸国はミンアウンフラインの首脳会議への出席を拒否することを決定した。
 一方、二〇二二年の議長国カンボジアは、国軍にアプローチすることで事態打開を目指した。二〇二二年一月にフンセン首相が、ミャンマーを訪問、「5項目コンセンサス」には盛り込まれていないが、国軍が重視してきた少数⺠族武装勢力との停戦協議にASEAN 特使が参加する可能性を国軍側と議論してしまい、ASEAN内で激しく非難された。とはいえ、この訪問は特使の訪問や仲介実施に一定の道筋をつける。特使に任命されたカンボジア副首相兼外相は三月にミャンマー を訪問し、国軍関係者と会談した。ただし、首相訪問時の批判を受けて、この訪問では、「5項目コンセンサス」の重視がさかんに強調された。
 このようにASEANの特使は、ASEAN内の意見対立に大いに振り回されてしまい、ミャンマーに一貫した方針で臨めない状態である。そのような状況もあり、ミャンマー側は妥協の姿勢をみせていない。死刑執行のニュースは衝撃的だった。国軍に同情的なカンボジアすら、執行を取りやめるように求めたが、国軍は死刑を執行した。その直後の二〇二二年八月、ミャンマー代表が不在のなか開催されたASEAN外相会議では、死刑執行や危機の長期化に対する懸念が表明された。
 こうしたASEANの取り組みは、主権尊重という国際規範を前に、内政に干渉することがいかに困難かだけでなく、干渉する側の意思を統一することも容易ではないことを示している。しかし、ウクライナ危機で国際社会の関心がミャンマー危機から離れている今、ASEANの取り組みは数少ない紛争調停の努力であることも忘れてはならない。

(国際日本研究教育機構/PEAK)

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