HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報641号(2022年12月 1日)

教養学部報

第641号 外部公開

<送る言葉>トム・ガリー先生を送る

板津木綿子

 トム・ガリー先生に初めてお会いしたのは、私の採用面接のときだった。当時、私は小学館『プログレッシブ和英中辞典』の最新版編纂に関わっており、研究社『新和英大辞典』の編纂に携わっていらしたガリー先生からライバル辞書についてからかわれ、そのときはじめて、ガリー先生が茶目っ気のある方だということを知った。その後、採用され、ガリー先生も私もその当時朝八時ごろには駒場キャンパスに出勤していた朝型人間だったので、よく私の研究室に立ち寄ってくださり、目の前の仕事の話もさることながら、大学のことや、二人ともゆかりのあるロサンゼルスの話もよくさせていただいた。
 ガリー先生は、二〇〇五年に駒場の常勤教員となられて最初のプロジェクトがALESSプログラムの立ち上げだった。パイロット授業から一年理科生一八〇〇名あまりの必修科目に移行させることは容易なことではなく、また私を含め若手教員を一度に六名採用し、右往左往しながら始動したことを覚えている。海外で学位を取り終えたばかりの生意気な私たちの理想論に辛抱強く耳を傾けてくださった。荒馬に心を通わせて手なずけることができる人をhorse whispererと呼ぶが、暴走してしまいそうになる私たちに、駒場で効果的な授業を運営できるように手なずけるALESS instructor whispererの役割を担ってくださった。
 フリーランスの翻訳者を長年なさったあとに大学教員になられたガリー先生は、さまざまな会議の場面で新鮮な視点からの提案をよくしてくださった。大学のために役立ちたいという誠実な気持ちから生まれた提案は、膠着した東大の風習を指摘するものも多く、時には耳が痛いものもあった。しかしそのような声の中から、さまざまなアクションが生まれ、例えば研究科長特任補佐として英語文書の整備、そして国際広報関係でご尽力された。また、いち早くご自身の書籍や書類のDXに取り組まれていたガリー先生は、東京大学総合図書館が公開しているデジタルアーカイブ資料をInternet Ar­chiveでも閲覧可能にする事業に多大な支援をされたそうだ。アカデミック・ライティングの世界では、ガリー先生のご人脈と人柄で、自律学習を促すライティングセンターの全国ネットワークが確立された。
 ガリー先生の知的関心の間口は大変広く、言語習得論以外にも、数学、言語学、辞書学、ロシア語、デジタルテクノロジーなど様々な引き出しをお持ちである。大学の外では、音楽を創作され、ピアノ、ギター、マンドリン、マンドラなどさまざまな楽器を用いて音楽創作をされている。ガリー先生のお人柄がよく現れている癒される穏やかな作品が多い。ガリー先生が駒場から去られるのは寂しいが、是非とも好きな楽器に囲まれて、音楽などさまざまな創作活動を満喫され、ご退職後の生活を楽しまれることをお祈りしている。

(言語情報科学/英語)

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