HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報642号(2023年1月 5日)

教養学部報

第642号 外部公開

「気候と社会連携研究機構」発足記念シンポジウム報告

前田 章

 東京大学の全学組織として、「気候と社会連携研究機構」が二〇二二年七月に発足しました。その発足記念シンポジウムが同年十月七日に伊藤国際学術研究センター(オンライン同時配信)にて開催されました。本稿ではその記念シンポジウムについて報告しつつ、本連携研究機構について紹介したいと思います。
 「気候と社会連携研究機構」は科学的エビデンスに基づき気候変動問題を克服する社会の在り方を研究すること、専門分野の垣根を超えて本学の学知を結集する拠点を形成すること、さらにはそうした分野での次世代の研究者や若手人材を育成・教育することなどを目的に、東京大学の十の部局の連携により設立されました。参画部局は大気海洋研究所を主管部局として、工学系研究科、理学系研究科、総合文化研究科、新領域創成科学研究科、公共政策大学院、東洋文化研究所、生産技術研究所、先端科学技術研究センター、未来ビジョン研究センター、参画する本学教員は総勢六十名弱です。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の部会構成に対応する形で三つの研究部門が設置されています。それらは、地球システム変動研究部門、生態システム影響研究部門、人間システム応答研究部門です。
 十月七日の発足記念シンポジウムでは午後二時から五時半まで杉山昌広准教授(未来ビジョン研究センター)の総合司会のもと、多くの方々の講演と討論がありました。開会の挨拶として藤井輝夫総長からお言葉を賜り、続いて本学の研究・国際戦略について相原博昭本学理事・副学長からご教示を頂きました。その後、パネルディスカッション第一部と第二部が行われました。第一部は「地球環境危機の克服に向けて─東京大学からの知の発信」と題して、沖大幹本連携研究機構・機構長(工学系研究科教授)の進行のもと、上記三つの研究部門の部門長であられる大気海洋研究所・羽角博康教授、生産技術研究所・芳村圭教授(副機構長)、総合文化研究科・瀬川浩司教授の先生方で討論が行われました。それぞれの部門長から各部門の概要紹介があり、今後の諸研究の発展の方向性や機構内での協力の在り方やまとめ方になどについて示唆に富む議論が交わされました。
 第二部では「気候と生態系と社会研究の最前線」と題して、副機構長・渡部雅浩教授(大気海洋研究所)の進行のもと、吉森正和准教授(地球システム変動研究部門:大気海洋研究所)、岩田容子准教授(生態システム影響研究部門:大気海洋研究所)、額定其労准教授(人間システム応答研究部門:東洋文化研究所)、藤森真一郎京都大学准教授、亀山康子教授(新領域創成科学研究科付属サステイナブル社会デザインセンター)の各先生からご自身のご研究と本機構との関連性についてご講演を頂きました。続いて研究の将来性などざっくばらんな討論が行われました。最後に大久保達也本学理事・副学長の閉会挨拶で散会となりました。
 全編聴講した感想としては、盛沢山ですべてを消化して頭の中に収めるのは難しいとは思いつつ、本機構の目指す方向性や目標は十分に伝わったと感じました。それは気候変動問題について、本学には世界レベルの研究者が多い一方、部局・研究者間の連携が不十分で、それがゆえに本学として、ひいては日本として、世界でのプレゼンスが不十分となっている。この連携研究機構を基盤にして国際拠点を作りたいということだろうと思います。大変野心的であるととも、大変希望のある組織だと感じました。
 さて、本連携研究機構は前述のように次世代の研究者や若手人材の育成・教育も重要な目標としています。特に教育という点では、二〇二二年度Aセメスターに教養学部前期課程学生向けに学術フロンティア講義「気候と社会」を開講することとなっています。講義案内によれば、気候変動がもたらす社会への負の影響について自然科学・社会科学・人文学といった分野横断的な視点から各分野の第一人者である講師陣をお迎えしオムニバス形式のトランスフォーマティブなサイエンス授業を展開していくとのことです。ここにいう各分野の第一人者である講師陣とは、もちろん本連携研究機構参画の先生方ですが、十三人これだけの顔ぶれが揃った気候変動関連の講義は一般社会ではどんなにお金を払っても受講できないものと言えます。極めて価値の高いものであり、駒場の学生には是非とも聴講してもらいたいと思います。
 かように本連携研究機構は気候変動問題に包括的に取り組むものですが、大学の組織として一歩引いてみてみるとまたすこし違った視野が開けます。気候変動問題が人為起源温室効果ガスと深く関連していることは言を俟ちません。この温室効果ガスの中心はもちろん二酸化炭素であり、それは化石燃料の燃焼が主要排出源です。それゆえ、気候変動問題はエネルギー問題と密接に関連しています。見方によっては表裏一体ということもできるかもしれません。そこでエネルギーも忘れてはいけない重要なトピックといえます。
 本学には、実は「エネルギー総合学連携研究機構」というものが二〇二一年七月に発足しています。こちらも学部横断型の全学組織であり、参画メンバーも同じく六十名ほど、そしてなによりも少なからぬ参画メンバーが気候と社会、エネルギー総合学両方の機構に参画しています(かくいう本稿執筆の私もその一人です。私自身はエネルギーと気候変動問題の経済・政策研究が関心事です)。前者が大気海洋研究所を主管部局としてIPCCに倣った構成で気候変動問題に取り組むのに対して、後者は工学系研究科を主管部局としてエネルギー全般に取り組むという違いはありますが、互いに補完し合いつつも必要に応じて協力し合うべき関係といえます。両者の同時並行的発展が期待されるところです。

(国際環境学教育機構/PEAK)

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