HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報642号(2023年1月 5日)

教養学部報

第642号 外部公開

<駒場をあとに> 数学人生に感謝を込めて

斎藤秀司

image642_4_01.JPG 人生で初めて駒場キャンパスを訪れたのは東大受験のためでした。一九七六年二月二十五日のことです。よく晴れた日で、正門横の梅林が張り詰めた緊張感を和らげてくれたことを覚えています。試験の出来は良くなかったのですが幸運にも合格して二年間駒場キャンパスに通い勉強することになりました。キャンパスの風景は当時と今ではだいぶ違いますがイチョウ並木の紅葉の美しさは変わりません。理学部数学科に進学して拠点が本郷に移り大学院修士課程修了後、一九八二年に理学部数学教室助手にしていただきました。助手として勤めた六年間の内三年間は海外に出させていただきました。ハーバード大学客員研究員としての一年とカリフォルニア大学バークレー校ミラー研究員として二年間です。研究三昧の三年間でした。ありがたいことだと感謝しています。駒場キャンパスに戻ったのは一九八九年、教養学部数学教室助教授にして頂いたときです。それから現在までの内二十年間を駒場キャンパスで過ごしました。一九九七年から三年間を東京工業大学理学部、二〇〇〇年からの四年間を名古屋大学大学多元数理で過ごしました。二〇〇四年に東大数理に戻って八年間を過ごし、二〇一二年から七年間は東京工業大学流動機構に在籍しました。そして二〇一八年から再び東大数理に戻り大学人としての最後の五年間を駒場キャンパスで送らせていただくことになります。この間に多くの諸先生方に様々なご援助をいただいたことと存じます。この場を借りて感謝いたします。
 大学院で数学研究を本格的に始めてから退官を迎えるまで四十年以上が過ぎました。その長い道のりにおいて数学の研究を続けてこれたことに感謝しています。もちろん教育者としての活動からも苦労も伴いながらも喜びを得ました。特に大学院で指導した方々が私の下を巣立って立派な数学者に成長していく姿を見ることは大きな喜びでした。一方、数学研究が私の人生にもたらしてくれた恩恵がいかに大きいかを言い尽くすことはできません。数学の営みは創造性に富んだものです。それは芸術活動における創造性とも相通じていると感じます。絵画の世界にキュービズムという大革命をもたらしたピカソは「創造は破壊の集積である」と言いましたが、ここでいう「破壊」とは、いままであったものをただ否定し跡形もなく壊すことではなく、それまでの視点や考え方の枠を打ち破り、それを包括するより広い新たな創造の場を構築することを意味していると思います。数学においては、まず基本的論理力と基礎的知識を学び、さらに先人が作り上げてきたさまざまな理論をひとつひとつ積み上げ習得することが求められます。忍耐のいる作業ですが、そうして初めて自分自身の研究テーマが現れてくるのです。しかし数学の醍醐味は、常識を覆すような斬新な発想から、それまで想像もできなかったような新しい理論が生まれ、誰にも答えられなかった問題が解決されることです。数学は常に進化しつづけており驚きや感動に満ちています。そのような壮大な数学の営みの一端を僅かばかりでも担うことができたの研究者冥利に尽きます。それができたのも大学という研究の場があったからこそです。感謝の念に堪えません。
 退官後は一研究者として数学を深めていきたいと、まるで学生の頃に戻ったような新鮮な気持ちが芽生えています。研究という真理の探究を愛してやまない仲間の一人として今後ともどうかよろしくお願いいたします。また東京大学が今後も優れた研究と教育を提供する場として発展していかれることを心より願っております。

(数理科学研究科)

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