HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報642号(2023年1月 5日)

教養学部報

第642号 外部公開

<送る言葉> 数学の自由人

斎藤 毅

 数学は自由な学問と言われます。証明できるという条件さえみたせば何を考えてもよいからであり、教養学部でみなさんが学んでいる自由学芸(リベラルアーツ)のもとをたどればその六科の二つ算術と幾何学に起源をもつからでもあるでしょう。
 齋藤秀司先生は、自由な数学者としての生き方を極めて来られました。わかりやすいところでは、居住の自由があります。フェルマーの最終定理が証明されたときに秀司先生が主催した勉強会は、その頃先生が住んでいた伊豆で開かれました。その後は八ヶ岳の麓に移って自然の中で暮らしているそうです。移転の自由もありました。初めは東京大学の理学部、教養学部と数理科学研究科で助手、助教授をつとめられましたが、その後東工大、名大を経て駒場に戻って来られました。と思っていたらまた東工大に移られてそしてまた駒場に戻って来られました。
 秀司先生は本郷の理学部数学科で私の四年先輩にあたり、私が数学科の三年に入ったときにちょうど助手になられたところでした。専門分野も非常に近く、共著の論文こそ一つだけですが、いろんなことを教えてもらいました。最近はロールモデルということばをよく聞くようになりましたが、秀司先生のあとをずっと追いかけてきたようにも思います。
 カリフォルニア大学バークレー校のミラー・フェローなど海外で研究される時間も長く、国際的な研究者のネットワークに加わっていくことのたいせつさも教わりました。秀司先生が長年の研究業績に対してドイツからフンボルト賞を受賞されたのも、世界的な研究者として指導的な役割を果たしてきたからこそと思います。
 数学の専門的な内容には立ち入りませんが、数論幾何学の重要なテーマである代数多様体のサイクルの理論やモチーフの理論で、新しい世界を切り開いて来られました。最近は、それを初期の高次元類体論の研究と融合させる境地に達しています。
 駒場の数理棟の大講義室で、秀司先生の専門のモチーフについての研究集会を、コロナ禍以前には毎年主催されていました。海外からも多くの研究者が来ていたのは、その分野の専門家だからということはもちろんですが、人を惹きつける秀司先生の魅力もあってのことと思います。この二月には四年ぶりに対面で開催されると聞いています。
 私が三年生のときに担当してもらった演習では、「ぼくにテニスで勝ったら単位を上げる」と公言していました。自然の中で暮らしているせいか、それがもう四十年も昔のこととは信じられないほど今も活力に溢れていらっしゃいます。大学での研究室も私と壁ひとつ隔てた隣なのですが、秀司先生がいるとすぐにわかるほど明るい声が響いてきます。四月からはますます自由に活躍されることと思います。秀司先生のような方の近くにいられたことは、私にとって幸せなことでした。これからもどうぞお元気で。

(数理科学研究科)

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