HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報642号(2023年1月 5日)

教養学部報

第642号 外部公開

<時に沿って> 震災に向き合い、未来を描く

小田隆史

image642_4_04.jpg 二〇二二年十月一日付で広域システム科学系(人文地理)の准教授に着任しました小田隆史と申します。前任の宮城教育大学では、復興や防災に関する教育研究に取り組みました。もちろん、きっかけは東日本大震災です。
 二〇一〇年春、東北大学で博士課程を修了、お茶の水女子大学のポスドクとして東京に転居し、北米都市圏の再編をテーマに研究者として駆け出したタイミングでの大災害でした。福島県いわき市の実家も被災しました。そのときに限って東北を離れていた引け目のような感覚、心地の悪さが、その後の私を突き動かす原点になっています。
 日和見な「フィールド調査」にしてはいけない。ずっと、この災害のことを学び、伝え継ぐ立場として関わらなければならない。そう感じるまで時間を要しませんでした。被災の爪痕が色濃く残る中、学生たちと仮設住宅などに通い続け、震災から二年後、宮城教育大学教育復興支援センターに転じ、被災地の人たちと語り、交わる機会がさらに増えました。
 数年後、震災記憶の風化を懸念する声とともに、〈伝承〉という語を耳にするようになりました。震災伝承とは、誰のために、どんな意味を持っているのか。震災遺構などの記憶の源泉ともなる〈場所〉と、語り部などの〈ひと〉が、そこを訪れる他者にどのように作用するのか。共感共苦にとどまらず、個々人の備えの意識や行動、社会の防災文化の醸成にどうかかわるのか。空間や場所を扱う人文地理学からこの災害に私自身が向き合い、伝承の意味を問いたいと思ったのです。かつて領事館に在勤した際に携わった、日系アメリカ人の強制収容の教訓伝承とも共通点を多く見出せます。
 ─「何度語っても、亡き娘はかえってこない。でも、せめて自分の語りが誰かの〈明るい未来〉につながれば」─。灼熱の夏も、凍てつく極寒の日も、石巻市大川小の跡地に立ち、毎日のように語り続ける遺族の一人が力強く発した〈せめて〉という一言は強烈な印象を残しました。伝承とは、あまたの苦難や悲しみから具体的に教訓を導きだし、それを未来の誰かのために役立てる、希望をつくりだす行為なのだと気づかされたのです。
 大学こそ、経験の有無にかかわらず、世代を超えて多元的に災害に向き合える場であると信じ、実践を続けています。宮教大では、教職課程の学生自身が311をわがこととして受け止め、教師として震災伝承・防災教育の担い手となるために学ぶ拠点「防災教育研修機構」の立ち上げの一端を担いました。震災遺構の運営者や語り部との対話や協働も進めています。
 戦後最大の犠牲をもたらした大災害の被災地に通いつづけ、土地の人たちの(問わず)語りや想いに触れ、再起した人たちの姿から得るべきことは無数にあります。東大生が、自分の将来や、担っていく社会の未来地図を描くにあたり、その手がかりを得られる機会を創る。それが駒場で私が果たせる役目の一つかもしれません。
 「駒場の地理」には未だ不案内につき、辺りで巡検中の私を見かけるかもしれません。皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。

(広域システム科学/人文地理学)

第642号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報