HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報644号(2023年4月 3日)

教養学部報

第644号 外部公開

「内なる多様性」を高め、学びを社会と結び直す

総長 藤井輝夫

image644_01_1.JPG 新入生のみなさん、入学おめでとうございます。本学の教職員を代表して、心よりお祝いと歓迎の意を表します。
 二〇二〇年から始まった新型コロナウイルス感染症の蔓延については、ようやくポストコロナに向けた見通しが見えてきたところですが、一方で二〇二二年二月にはロシアによるウクライナへの武力侵攻が勃発し、それに伴ってエネルギーや食糧等の安定供給への懸念が広がるなど、世界はまだ終わりの見えない危機にさらされています。諸分野の知を結集し、解決策を探る場としての大学への期待はさらに高まっており、東京大学はそうした期待に応え、新たな時代における大学としての自律性・創造性の在り方を模索し続けています。
 二〇二一年九月に公表した本学の新たな基本方針「UTokyo Compass多様性の海へ:対話が創造する未来」では、三つの基本理念のひとつに「多様性と包摂性」を掲げ、昨年十一月には女性リーダー育成に向けた施策を始動しました。二〇二七年度までに約三〇〇名の女性教員を新規に採用し、女性教員増加率を過去十年間平均の二倍に加速することを目指します。またジェンダーやエスニシティなどの属性の多様性だけでなく、みなさん自身の内なる多様性(イントラパーソナル・ダイバーシティ)も高めてもらいたいと思います。自身の中で多様な視点やこれまでと違う経験を幅広く持つことは、異なる背景を持つ他者との共感形成の基盤となります。みなさんがさまざまな人と出会い、対話し、未知の場で新たな経験をし、多様な生き方や価値観にふれるなかで、新たな自分を発見していっていただきたいと願っています。
 本学は教養教育に力を入れ、社会との対話を深めるためのさまざまな機会を提供しています。例えば、自分で計画し実践した国際的な活動を大学が認定する「国際総合力認定制度:Go Global Gateway」や、入学直後に一年間の特別休学期間を取得し、ボランティアや就業、国際的な活動など、長期的な学外活動に取り組む「初年次長期自主活動プログラムFLY Program」があります。「フィールドスタディ型政策協働プログラム」では、全国各地の地域自治体に一カ月程度滞在し、仲間や教員とともに社会課題の解決策を提案・実行しています。
 あと四年で東京大学は創立一五〇周年を迎えますが、社会と深くつながりながら、新しいことを生みだしてきました。例えば、一九四二年からわずか九年間だけ設置された第二工学部には、民間企業で実務を経験したさまざまな人材が集まり、じつに自由な学風で学際的かつ実践的なものづくり教育が行われました。その卒業生たちから、自動車や家電やコンピュータや高層ビルづくりなど、成功する大企業の礎となった数多くの事業が生まれます。また今年は、関東大震災からちょうど一〇〇周年ですが、あの巨大な災害では数々の歴史的資料が失われ、東京大学の図書館も焼失しました。失われた学術資源の復興事業として、民間学者と東京大学の研究者の協創と企業の支援によるアーカイブづくりが行われ、また総合図書館の再建には、ロックフェラー財団設立者から寄せられた寄付が大きな役割を果たします。
 「学びを社会と結び直す」実践は、アメリカの教育学者ジョン・デューイの経験主義教育論がベースになっていますが、本学ではそうした機会や環境が大変充実しています。みなさんに最大限、主体的に活用してもらいたいと思っています。前例がないならやってみよう、失敗してもよいから思いっきりチャレンジできる、東京大学はそうしたワクワクする場でありたいと願っています。
 多様性の包摂や社会との対話を通して、よりよい未来を共に創り上げていく、それこそが東京大学憲章で掲げる「世界の公共性への奉仕」につながると考えます。昨年の春、一九七二年の国連人間環境会議から五十年が経つことを機に開催された「ストックホルム+50」という会議に参加しました。「ストックホルム+100」に向けた議論がなされるなか、今後の五十年を考えると、学生や若い研究者がさらに議論に入っていくべきだと感じました。東京大学も地球規模課題について、GX(グリーントランスフォーメーション)を先導する高度人材育成に注力しているほか、国連気候変動枠組み条約によるキャンペーンである「Race to Zero」には日本の国立大学として唯一参加しています。みなさんにも、東京大学の学生としてはもちろん、地球市民として、地球規模課題を正しく理解し、ともに考え、手をたずさえて行動してもらいたいと思います。
 最後に、この三月に大学院を巣立っていった学生たちに送ったメッセージを、これから学ぼうとするみなさんにも伝えたいと思います。第一に、向き合う課題を解決するための構想力を磨き、適切な技術と方法とを選ぶ目を養ってください。第二に、データの背後にある人々の声にも耳を傾け、観測されないところに潜む痛みや苦しみへの共感を忘れないでください。第三に、ビッグデータやソーシャルメディアに振り回されることなく、自分らしい判断力や粘り強い思考力、豊かな発想力を大切にしてください。
 ようこそ東京大学へ。みなさんのこれからの活躍を期待しています。

(東京大学総長)

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