HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報644号(2023年4月 3日)

教養学部報

第644号 外部公開

コミュニケーションで教養知を身につける

教養学部長 真船文隆

image644_01_2.JPG 新入生の皆さん、東京大学ご入学おめでとうございます。
 二〇二〇年の春から、爆発的に広まった新型コロナウィルス感染症に起因するコロナ禍で数か月、半年、一年先の状況が全く見通せなかった中、また他にやりたいことを多少なりとも犠牲にして努力してきたことに対して、まずは敬意を表したいと思います。また、それらの努力が結果に結びついたことを、心よりお祝いいたします。
 私個人のこれまでの日々の生活と、その間に起きた歴史的な事象を重ね合わせてみると、一九九四年に大学院の博士課程を修了するまでは、きわめて平穏な日々を送ってきたと記憶しています。その間、あさま山荘事件、学生運動に端を発した安田講堂事件が起こっていたようですが、一連の社会事象については、まだ記憶にありません。また、オイルショックが起き、家の中でもトイレットペーパーの節約令が出たことはありましたが、比較的短期間で終息したように記憶しています。さらに、大学に入学したころから経済バブルが膨張し始め、博士課程を修了するころにはバブルが崩壊していたので、バブルで踊ることもなければ、崩壊によって痛手をこうむることもありませんでした。良くも悪しくも、大学院生として研究室で基礎科学研究に取り組んでいる間は、ほとんど社会との接点がなかったということなのでしょう。さらには、この間、地球上のいたるところで断続的に紛争は起きていましたが、私たちの日々の生活に目に見える形で大きな影響があったわけではないと思っています。むしろ私にとっては、二〇一一年の東日本大震災、コロナ禍、そしてロシアによるウクライナ侵攻とそれに関連するエネルギー問題など、この十数年間に起きたことが極めて深刻な社会事象であり、まさに皆さんとその時期を共有していることになります。未来を予想することが難しい時代になったということなのかもしれません。
 文頭で入学のお祝いの言葉を送りました。皆さんは、正解のある問いに対して、より早く、より正確に解答できる力を持っています。まずこのこと自体は誇りに思ってよいと思います。ただ、私たちが社会に出たときに突き付けられる問いは、決まった一つの正解がある問いではないのです。さらに未来予測の困難な時代では、さらに問題自体が複雑になります。例えばコロナ禍では、「ロックダウンによって社会活動を完全に止めてでも、医療体制を確保して国民の健康・安全・安心を守る」という意見と、「経済活動を止めてはならない」という意見があったかと思います。どちらも立場によっては正しく、どちらか一方だけが正解というわけではありません。これは、世界中の国々で、事情や考え方によって対応が異なったということからも明らかです。最終的に何が正しい答えであったかは、将来過去を振り返った時に検証されることでしょう。
 皆さんは、東京大学に入学したと同時に教養学部で学ぶことになります。東京大学では、大学の学士課程の四年間を二つに分け、初めの二年間を前期課程、その後進学選択のプロセスを経て、後の二年間を後期課程と呼びますので、まずは教養学部で前期課程科目を履修することになります。「前期」「後期」という名称から、前期は後期へ向けた準備段階と誤解しがちですが、そういう思想でカリキュラムが構成されているわけではありません。むしろ、前期課程は、社会に出てからも活躍し続けるための教養知(総合知、統合知、リベラルアーツ)を身につける場であり、そのために、様々なカリキュラム、時間、空間が与えられていると考えた方が良いでしょう。もう少し平たく言えば、複雑な事象に対して、どこを問題としてとらえ、その問題に対応する力・技を身に着けてほしいという願いがあります。「もしそうであるならば、なぜ教養は前期課程に二年間しかないのか?」と思われるかもしれません。その通りで、教養は前期課程の二年間だけでなく、後期課程に進学したのちも後期教養科目として学び続けることができます。
 私からより具体的に提案があります。教養知は、学問と学問、知と知、人と人とのコミュニケーションで生まれると、私は思っています。さらに言えば、そのコミュニケーションは、異なるもの同士であればあるほど効果が高いと思います。その意味で、皆さんがこれまで学習してきた科目の内容をさらに高度化するのもよいですが、これまで全く学習してこなかった科目に関連した講義を履修するのもよいでしょう。また、同じ理系・文系のクラスの友達ばかりでなく、理系・文系の学生が一緒に履修できる全学自由ゼミナールなども積極的に履修してもよいでしょう。その中で、自分がどう考えるかを相手に伝えると同時に、他の人はどう考えているのかに耳を傾けることが重要です。その結果として、皆さんの中に「何か」が形作られるとよいと思います。最後に、未来に対する可能性を秘めた成人である皆さんが、教養学部での時間を楽しく有意義に過ごすことを、心からお祈りいたします。

(総合文化研究科長/教養学部長)

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