HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報644号(2023年4月 3日)

教養学部報

第644号 外部公開

<本の棚> 清水晶子 著『フェミニズムってなんですか?』

土屋和代

 「フェミニズムが『何かをする』とき、それはいつも未完成で、いつも批判の余地があり、いつも異論に開かれている。」著者は、むしろその不一致にこそ、変革の力としてのフェミニズムの可能性があると語る。『フェミニズムってなんですか?』には、何度でも読み返したくなることばが散りばめられているが、この一節には本書の魅力が詰まっている。フェミニズムは大上段から構える独善的な思想でも、凝り固まった考えでもなく、沸き立つ異論を内に抱え、つねに批判と向き合いながら、緊張のなかで変化を遂げてきた「女性の生の可能性の拡大を求める思想や営み」である。それは私たちがいま何をするのかというアクチュアルな問いと不可分に結びついている。
 『フェミニズムってなんですか?』は過去から現在へ、フェミニズムが何を問うてきたのかを、社会、教育、政治、文化などさまざまな角度から万華鏡のように照らす書物である。『VOGUE JAPAN』のウェブサイトに連載された記事をまとめた本書は、驚くほど読みやすいのに、いまの日本(および日本を取り巻く地域)においてフェミニズムを考えるうえで何が問題なのかが浮かび上がる貴重な一冊だ。
 作家でフェミニズムの理論家、文化批評家のベル・フックスは、フェミニズム内で起きた、黒人女性による白人フェミニストへの批判は、女性解放運動を弱めるどころかより強力なものにしたと指摘する。「フェミニズムの変わろうとする意志や闘いと解放への志」は、留まろうとする(あるいは留めようとする)力よりも強く、既存の枠組みを打ち砕くパワーをフェミニズムは内に秘めていると。(『フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学』)私はフックスのこのことばに背中を押されて、フェミニズムを学んでみたいと思った。本書を読んでそのときのことを思い出した。
 著者は、フェミニズムのなかでシスセントリズム(シスジェンダー中心主義)や異性愛主義、人種主義や健常主義などを批判する声がつねに上がってきており、さまざまなマイノリティの人たち、とりわけマイノリティ女性がそれぞれの文脈の中でフェミニズムを読み解き、「自分たちが生きていく空間を広げると同時に、フェミニズムそれ自体を刷新し押し広げてもきた」と指摘する。本書が明らかにするのはたとえばつぎのようなことだ。インターセクショナルな視点は「私たちの社会が構造として何を中心に置き、何を軽視したり後回しにしているかを考える」ことを可能にしたこと。「ケア労働を収奪し、過酷な労働条件を放置することは、ケア労働に携わる人々はもちろん、そうではない人々をも含めた、私たちみなの生存を脅かすことになる」というコロナ禍が私たちに突きつけたこと。「産まない権利」だけではなく「産む権利」、安全な中絶と出産へのアクセス、そして「産む親、産まれる子の障害の有無にも、法的・社会的な地位や経済的状況にも左右されることなく、生まれてくる子が受け入れられ、必要なケアを行けて育っていくことのできる社会」を目指す必要があること。本書は、フェミニズムがこうした難問にいかに挑み、逡巡しながら歩み、その過程で射程を広げてきたかを示す。
 本書をより一層深みのあるものとするのは、各章のあいだに登場する、著者と三人のゲストたち(写真家の長島有里枝、スポーツとジェンダー研究の専門家である井谷聡子、作家の李琴峰)との対談である。お互いへのリスペクトとそれゆえの緊張感がこだまし合う、知的刺激に満ちた対話は本書の「声」を多重にし、より魅力的なものにしている。著者とゲストたちのフェミニズムが互いの弧を描きながら重なり、広がるすがたが浮かび上がる。
 本書の重みのあることばを下支えするのは、「逡巡」に寄り添い、「主流」から外されてきた人びとの声に耳を傾けようとする、著者の徹底的な姿勢であろう。もしフェミニズムが「とりこぼさない思想」であるならば、本書のなかでまさに著者はその困難な試みに挑んでいる。一つひとつの難問から逃げず、異論に向き合い、考え続けてきた(続けている)からこそ、生み出すことができた書物なのだろう。フェミニズムの理論と歴史に関心がある人だけでなく、フェミニズムは気になるけれどどうアプローチしてよいかわからない人、フェミニズムということばを聞いただけで「苦手だな」と後ずさりしてしまう人まで、本書を道標にフェミニズムという世界の扉を開いてほしい。そしてその先にある、フェミニズムをより開かれたものとし、「変革の力」とするための絶え間ない試みに一緒に挑んでほしい。

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 (文春新書、二〇二二年)

(地域文化研究/英語)



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