HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報646号(2023年6月 1日)

教養学部報

第646号 外部公開

環インド洋地域研究プロジェクト・東京大学拠点(TINDOWS)の紹介

楠 和樹

 環インド洋地域研究プロジェクトとは、二〇二二年四月に人間文化研究機構によって立ち上げられた、「グローバル地域研究推進事業」の一環です。従来の地域研究は南アジア、中東など、既存の「地域」の枠組みを前提とし、その固有性を明らかにすることを目指してきました。しかし、政治、経済、社会など様々な面でグローバル化が進む現代世界においては、従来のあり方とは異なる地域性が生じつつあります。同事業はこの過程に総合的にアプローチするために設置されたものです。環インド洋地域研究を含めて四つのプロジェクトを運営しており、大学間の連携を含むネットワーク型の地域研究を推進しています。
 このうち、環インド洋地域研究のプロジェクトが地理的に焦点を当てるのが、インド洋とこれに接する陸域です【写真1】。この地域は社会的、文化的、生態的に見て多様性に富んでいますが、その歴史はモンスーンによって方向づけられてきたという点で共通しています。モンスーンは海域地域の人々が民族、宗教、さらには領域国家の境界を越えて移動し、相互にむすびつき、交流することを可能にしました。彼らはインド洋で交易ネットワークを張り巡らし、モノや情報を流通させるアクターでした。本プロジェクトではこの地域を行き交うヒト、モノ、技術、文化、信仰のフローの動態を解明することを通じて、「環インド洋世界」という新たな地域設定とその研究に資する分析手法を確立し、地域研究に新たな展望を開くことを目的としています。

image646_01_1_1.jpg写真1:タンザニアのザンジバルから眺めたインド洋の風景

 東京大学拠点は、このプロジェクトを推進する四つの拠点のうちのひとつであり、グローバル地域研究機構内の連携研究ユニットとして立ち上げられました。この拠点では、開発、医療、環境を主要テーマとして掲げています。開発、医療、そして自然環境の管理や保全などは、西洋近代によって生み出され、技術合理的な普遍性を根拠に普及した近代的な制度と見なされるのが一般的です。しかし、実際には、開発、医療、環境に関する知識や制度は、ヨーロッパの諸帝国がアジアやアフリカの植民地の生態環境、社会生活、身体と遭遇し、コントロールしようとする非対称的な相互関係のなかでつくられてきたものです。また、これらの制度は国民国家を主体とした導入の過程においても、ローカルな要素、条件、実践とむすびつきながら調整、改変されつつ普及してきました。このように、開発、医療、そして環境をめぐる知識や制度は、西洋近代から非西洋の世界に一方的に移植されたというよりは、接触や交渉のなかで形成され、ダイナミックに変化してきたものだと言えます。

image646_01_1_2.jpg 東京大学拠点では、このようなダイナミズムと制度の複数性を念頭に置きながら、環インド洋における開発、医療、環境をめぐる現代的課題とこれへの対処について、分野横断的かつ地域間比較の観点から検討することを目指しています。拠点を構成するメンバーは、駒場の学際的な環境を反映して、地域研究、文化人類学、歴史学、国際関係論など様々な分野を専門としています。これらのメンバーは、おもに開発分野を担当するユニット(班)と医療・環境分野を担当するユニットに分かれており、これまで各種の研究会、講演会、調査活動、ワーキングペーパーの刊行などを企画、実施してきました。今年の三月にはコートジヴォワール出身で、一九九四年にルワンダで起きたジェノサイドを取り上げた文学作品『神(イマーナ)の影』で知られるヴェロニク・タジョ氏を招聘し、公開講演会を開催しました【写真2】。今年度からは国内外で活躍する研究者との交流をさらに促進するとともに、大学院生と若手研究者を対象とした研究活動の補助にも力を入れていきたいと考えています。また、二〇二五年には研究成果を国際的に発信する場として、国際シンポジウムの開催が予定されています。今後はこのシンポジウムをひとつの中間目標として、環インド洋地域研究の確立に向けて専門とする地域と分野を超えた学問的な交流を重ねていきたいと考えています。

写真2:東京大学を訪れたヴェロニク・タジョ氏

(グローバル地域研究機構)

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