HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報646号(2023年6月 1日)

教養学部報

第646号 外部公開

<時に沿って> 18年

野本貴大

image646_03_1.jpeg 二〇二三年四月一日に総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系の准教授に着任いたしました。十八歳の時に東京大学に入学し、幸運なことに十八年の時を経て再び駒場に戻る機会を頂戴しました。
 十八歳の私から見た駒場はとても恐ろしい場所でした。周りには数学・化学オリンピックなどの華々しい世界で活躍してきた同年代が沢山。数学や化学が好きだと公言することが憚られるような雰囲気でした。(恥ずかしながら、そもそもそのような世界があることも知りませんでした。)英文を作成するときに数式的に単語を並べて論理の流れを作ることが好きだったのですが、それで英語が好きだと公言するにも、周りにはネイティブスピーカーのように英会話を行う人たちが溢れ、またまた憚られる状況。このような環境でしたから、自分の才能のなさに落胆し、手っ取り早くヒルズ族になる方法を模索した時期もありました。
 そのような中、偶然受講した総合科目で現在私が専門にしている薬物送達学とホウ素中性子捕捉療法に出会いました。目からうろこ。並々ならぬ好奇心が芽生え、超分子化学を基盤とした薬物送達学の先駆者である先生がいらっしゃったマテリアル工学科への進学を決意しました。一方、当時のマテリアル工学科は進学振り分けで定員割れするほど不人気の進学先。同級生、先輩、家族からは「お前の成績なら好きなところに行けるだろう。何故マテ工に行くのだ。ウケ狙いはやめろ。もっと将来を真面目に考えろ。」などと大変厳しい言葉を浴びせられました。しかし、そのような助言や才能のなさへの憂いを振り切るほどに興味が湧いてしまっていたのです。
 マテリアル工学科に進学してすぐには薬物送達学の研究を始められませんでした。マテリアル工学科は元々冶金学科。製鉄について勉強する機会が豊富に提供されていました。「鉄」は「鐵」であり、「金属の王なる哉」と教わりました。当時はどうでも良いと思いました。しかし、鉄に対する不思議な執着心が心のどこかで芽生えていたようで、最近になって鉄と薬物送達学の融合を目指した研究を始めました。「鐵」の雑学もプレゼンテーションで活躍しています。どこで何が結びつくのかつくづく分からない。自分の視野外の領域を勉強する意味、教養の意義を改めて認識しました。
 駒場入学から十八年経て再びここに戻ってきました。美しい石畳に満開の桜。900番教室の変わらない荘厳な雰囲気。頭脳明晰の先生方とフレンドリーな事務の方々。この素晴らしいキャンパスで研究できることを幸せに思いました。そして意気揚々と一回目の授業を行いました。すると学生から、既に指定の教科書は読んだと言われました。相変わらず駒場は恐ろしい場所。しかし、そのような学生たちと切磋琢磨できる環境がここにある。さらに幸せを感じワクワクしています。このワクワク感を駆動力として優れた研究成果を出していきたいと思います。

(生命環境科学系/化学)

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