HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報646号(2023年6月 1日)

教養学部報

第646号 外部公開

<時に沿って> 還元

素川靖司

image646_06_3.jpg 二〇二三年四月一日付で広域科学専攻・相関基礎科学系の准教授に着任しました素川靖司です。私が研究を始めたのは大学院に入学した二〇〇六年のことですから、研究キャリアは早十六年になります。この間、京都、アメリカ東海岸、愛知と平均五年で大学・研究機関が変わってきました。比較的短いタームで成果を求められるご時世、順風満帆とは言い難い十六年間だったと自己評価しています。しかし、兎にも角にも、実験屋という職業自体は性に合っていたようです。寝食を忘れて没頭している時間は楽しかったですし、十六年間を均してみれば、科学的なexcitementに満ちていたのは恵まれていた方なのでしょう。
 大学院生のときから、その可能性に魅せられ、一貫して冷却原子と呼ばれる物理学のサブ分野を専門として研究をしてきました。冷却原子とは、レーザーによって絶対零度に限りなく近い温度まで冷やされた原子ガスです。関連するノーベル物理学賞は、一九九七年、二〇〇一年、二〇一二年と複数年に及びます。冷却原子系の魅力は、私たちの常識が通用しない「量子」の世界をミクロに制御できるだけでなく、マクロな集団としての物性を同時に探求できる変幻自在さ(versatility)と美しさにあります。近年では、それ故に基礎研究から量子テクノロジーのような応用に至るまで幅広く用いられるようになりました。
 欧米と比べて日本ではメジャーではなかった、この冷却原子の世界を知るきっかけとなったのは、最先端の研究がどんなものか知りたくて、非専門家向けの雑誌や図書を読み漁っていた学部三年生のときでした。その中には、この分野を牽引され、二〇二三年三月に本学を退官された久我隆弘先生の著書『量子光学(朝倉書店)』、『岩波講座 物理の世界 レーザー冷却とボーズ凝縮(岩波書店)』もありました。
 大学院は京大の量子光学研究室の門を叩き、憧れていた冷却原子の世界に飛び込みました。二十代を捧げた研究生活で得られたのは、成果だけではありませんでした。大いに揉まれながら、優秀な研究室メンバーから刺激を受けながら、研究者としての基本やスタンスを築きました。始めは研究者としてのイメージも自信もなかったことを考えれば、ドラスティックな変化だと思います。学位を取った後は、冷却原子のメッカであるアメリカに渡り、米国立標準技術研究所で研究活動を行う中で、合理性と効率を追求し、個人主義色が強いアメリカ流の洗礼を受けました。一回りタフになって、帰国して助教の職を得てからは、大型プロジェクトが走る中、研究マネジメントをそばで学びました。
 改めて振り返ってみると、主体的に動いていたとはいえ、周りの環境から受けた影響の大きさに気付かされます。ここ駒場では、初めて研究室を主宰する立場になります。これから若い世代にきっかけや良い気付きを与えて、これまでお世話になった方々から受けてきた恩を還元していけるよう、実践していけたらと思っている今日この頃です。それでは、皆様どうぞよろしくお願いいたします。

(相関基礎科学/物理)

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