HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報647号(2023年7月 3日)

教養学部報

第647号 外部公開

教養教育高度化機構の新体制

原 和之

 教養学部の多くの授業は、「部会」や「学科」と呼ばれる組織を母体として運営・実施されています。既存の学問分野を背景に成立しているこれらの組織は、各分野についての基本的な教育を安定した形で提供することに貢献してきましたが、その一方で激動する現代社会のなか、大学教育に求められるものも徐々に変化してきました。そうした変化を受け止めるため、従来の組織の枠組みを超えた先進的・学際的な教育プログラムを開発し、またその実施を支援する役割を担っているのが、二〇一〇年四月に前身となる複数の組織を束ねて発足した教養教育高度化機構です。
 そうしたミッションを反映して、教養教育高度化機構の組織もまた絶えず変化を遂げてきました。前期課程の学生の皆さんになじみ深いのはおそらく、「初年次ゼミナール」の運営を担当する初年次教育部門でしょうか。これは二〇一〇年代の学部教育の総合的改革への動きの中で、二〇一三年に機構内に新設された部門です。また既存の部門も、求められる役割が再定義されるのに応じてその名前を変えてきました〔例えば発足時の生命科学高度化部門が自然科学高度化部門(二〇一三年)、自然科学教育高度化部門(二〇一五年)に、国際化部門が国際連携部門(二〇一五年)に、またNEDO新環境エネルギー科学創成特別部門は環境エネルギー科学特別部門(二〇一二年)に名称変更しています〕。さらに最近では、各部門でのSDGsに関わる活発な活動を統合・発展させるべく、SDGs教育推進プラットフォームを発足させるなど(二〇一八年)今日的な課題への対応を強化しています。
 さて教養教育高度化機構では、このほどこうした動きを更に推し進め、この四月からその組織を大きく改編することになりました。
 最初の大きな変化は、既存の自然科学教育高度化部門、アクティブラーニング部門、初年次教育部門の三部門を統合して発足する「Educa­tional Transforma­tion部門(EX部門)」です。デジタル技術の浸透によって従来的な仕組みを大きく変革する、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)の考え方は、大学教育のなかではとりわけ二〇二〇年以降の日本における新型コロナ禍を境に、その時期のオンライン教育の急速な普及を通して俄かに切実なものとなってきました。二〇二一年に公表された『UTokyo COM­PASS』にも、この分野で待望される変化は「教育DX」という言い方によって組み込まれています。今回発足するEX部門は、初年次教育を中心に、この教育DXによって教養教育の質的な転換を図るべく構想されました。既存三部門におけるアクティブラーニング等の教育手法・自然科学分野の教材等の開発および実際の授業運営の豊富な経験と、その成果に関する分析と発信を組み合わせることで、教養教育のあり方にデジタル技術がもたらす変化に対応し、更にはそうした技術の利用によって、単なる効率化を超えた大きな変革をもたらそうという狙いが「Educa­tional Transforma­tion(EX)」という名称には込められています。
 さらに第二の大きな変化として、「科学技術コミュニケーション部門」の立ち上げがあります。この部門の前身となる「科学技術インタープリター養成部門」では、科学と社会の架け橋となる人材の育成のための大学院副専攻プログラム「科学技術インタープリター養成プログラム」を機構発足の二〇一〇年から運営し、これまで多くの修了生を世に送り出してきました。その一方で、その十数年の間にも東日本大震災後の津波や原発事故、新型コロナ禍、また最近では生成系AIの問題など、科学技術と社会のよりよいコミュニケーションが必要とされる出来事が繰り返し生じてきたことから、新たに発足するこの部門では、従来の科学技術インタープリター養成という教育事業に加え、優れた科学技術コミュニケーションのあり方を探究する研究事業、さらに「ネイチャー・ウォッチング」や「科学コミュニケーションカフェ」等の実際の企画を通してより良い発信を行うことを目指す発信事業を新たに立ち上げ、教育・研究・発信の三領域にその活動を拡大することになりました。
 そして三つ目の大きな変化が「Diversity & Inclu­sion部門(D&I部門)」の新設です。社会における多様性と包摂の要請が高まるなか、東京大学の内部でもこれに応えようとする様々な試みがなされるようになりましたが、教養教育高度化機構ではまず二〇二〇年十月に駒場セイファースペース(KOSS)が立ち上げられました。これは女性や性的マイノリティを含むさまざまな学生が、より安心できる環境の中で、自分の経験や知見を互いに持ち寄り学ぶことのできるピア・コミュニティを駒場のなかに作り上げることをめざすものです。D&I部門は、このKOSSの活動と並んで、学部から大学院まで含む総合的な教養教育におけるD&I教育モデルの開発と実装を目指して設立されたもので、昨年度の設立準備期間を経て、その成果はすでに、前期課程でこの四月から始まった複数のD&I関連授業として見えうる形になっています(なおこれについては『教養学部報』の本年四月号に、部門長の清水晶子先生による詳細な記事がありますのでぜひご覧ください)。
 これら新しい三部門に、既存の三部門─博報堂ブランドデザインとのコラボレーションによる「ブランドデザインスタジオ」や「教養学部生のためのキャリア教室」等の授業を展開する「社会連携部門」、国際機関や中国の複数の大学との交流事業を担う「リベラルアーツプログラム(LAP)」の「国際連携部門」、新エネルギー技術を軸に環境とエネルギーに関する分野横断的・学際的な教育を展開する「環境エネルギー科学特別部門」─さらにSDGs教育推進プラットフォームを加えた六部門一プラットフォームの体制が、二〇二三年度からの教養教育高度化機構の新たな体制となります。授業数としては年間七十コマ以上を数えるその多彩なプログラムにどのようなものがあるか、いちど公式ホームページから各部門のサイトを覗いていただければ幸いです。

教養教育高度化機構ホームページ:https://www.komex.c.u-tokyo.ac.jp/

(教養教育高度化機構長/地域文化研究/フランス語)

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