HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報647号(2023年7月 3日)

教養学部報

第647号 外部公開

<時に沿って> ことばを通して社会を見つめる

本林響子

image647_04_1.jpg 二〇二三年四月に総合文化研究科言語情報科学専攻に着任しました本林響子と申します。社会言語学と言語人類学の交わるところを専門とし、特に言語政策と言語思想の観点からことばと人間の関係性について考えています。
 私がこのような研究に関心を持つようになったのは、大学三年生の時に参加した文部省(現在の文部科学省)インターンシップがきっかけでした。当時の専攻は文学でしたが、インターンシップで文化庁国語課というところに配属され、そこでの経験から私たちのことばを取り巻く制度や歴史に関心を寄せるようになりました。その後大学院でも学ぶ中で、言語現象の中でもとりわけ複数言語使用に関心を持ち、現在に至ります。私たちのことばのありようそのものを理解したいという気持ちと、それがいかに密接に制度や歴史と結びついているかということへの関心を両輪として、人々の複数言語使用の実態に関する研究と、複数言語使用の制度的位置付けや歴史的な意味づけに関する研究とを進めてきました。
 私の研究の根底にある問いは、ことばを通じて人がどのようにものごとの意味や社会の仕組みを維持構築しているか、というものです。この、素朴でありながら奥深い問いに導かれ、応用言語学から社会言語学、言語人類学と領域を横断しながら進んできました。社会の中に生きる私たちの存在と営為をことばの面から見つめるという作業には、いつまでも飽きることなく魅了されています。
 様々な言語表現の字義的な意味、言外の意味とその機能。それらに支えられた個々の解釈や関係性。その膨大な集積の上に成り立つ社会制度や文化的営為、そこに埋め込まれた私たちの現実。その中でことばを通して他者と交流し、時に誤解し、それでも理解し合いたいと願ったり、あるいは誤解を誤解のままにそっとしておくことを選んだりする私たち。ことばによって重層的に編み上げられる世界に意思を持って迷い込み、それを見つめることから得られる発見は、その大小を問わず、いつも私の心を大きく動かしてくれます。
 このようなことに惹きつけられ、知りたいという気持ちに導かれて、気づけば二十年以上も学び続けてきました。学部生、大学院生、教員としていくつか大学を経験し、それぞれの場所で様々な学びを得ましたが、やはり学生として一番長く所属したカナダのトロント大学でのことが何より思い出深く感じられます。カナダは英語とフランス語という二つの公用語が存在し、かつ移民国家でもあることから、個人や社会の複数言語使用に関する研究が大変盛んなところです。私自身、トロント大学では修士号と博士号を取得したのですが、大学院での研究に加え、カナダでの生活経験自体が貴重な学びの場となりました。
 今回「時に沿って」という自己紹介を書く機会を頂き、改めてこれまでの歩みと時の流れに想いを馳せることとなりました。ことばの位置付けやありようも時代によって変わります。現代においてはことばを生み出す主体も、生み出されることばも、非常に多様化しています。そのような変化を感じつつ、地道に研究を続けていければと考えています。どうぞよろしくお願い申し上げます。

(言語情報科学/日本語)

第647号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報