HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報647号(2023年7月 3日)

教養学部報

第647号 外部公開

<時に沿って> 新たな始まり

後藤はる美

 二〇二三年四月に超域文化科学専攻に着任しました、後藤はる美です。私の専門領域は西洋近世史で、十七世紀のイギリスを対象に歴史研究を続けてきました。ここ十数年は人類学や心理学、生命科学との学際領域で注目を集めつつある「感情」の問題を歴史的に考える研究にも取り組んでいます。所属する文化人類学研究室では異色の歴史研究者になりますが、「歴史人類学」の枠内で、今年度は感情や身体に関する授業を開講しています。
 十数年前には感情史はまださほど脚光を浴びておらず、関連する先行研究を探すのに苦労するほどでしたが、二〇二一年前後には欧米の著名な研究者の編集する入門書・概説書の類が一斉に翻訳刊行され、日本でも広く関心を集めるようになりました。私が感情史に着手した端緒は、イギリスの文化史家の来日に合わせたワークショップで、ほとんど偶然のようなものでした。企画の運営に携わるなかで文化史の最前線としての感情史に関心を抱き、「何か面白いことをやってみよう」と同時期に留学から帰国していた友人たちを中心に研究会を始めたのが起点となりました。
 他の参加者と同様、私にとっても感情はこれまでの研究とは一線を画す新鮮なテーマで、当初は本業の傍らで行う遊びや実験のような感覚でしたが、次第にこの領域の奥行に魅せられ、今に至ります。刊行した論集の新聞書評がきっかけで、ふだん接する機会のない認知心理学、社会心理学など他領域の研究者との交流の機会が得られたことも印象的な出来事でした。文化人類学研究室でのこれからの日々が、さらに新たなテーマとの出会いと研究の広がりをもたらしてくれることを楽しみにしています。
 他方で、本郷での院生時代からイギリスでの博士論文まで、私の関心は一貫して国家と地域社会の関係や民衆の政治参加という、どちらかというと伝統的な歴史学の領域にあり、宗教改革や革命の進展する十七世紀をミクロな地域社会に注目することで捉え直そうとしてきました。じつはこれまで感情史研究で扱った史料の多くは博士論文執筆時にすでに出会っていたものでもあり、ふたつのテーマを有機的に融合させることが次の課題となるかもしれません。
 今春はコロナ禍の終わりがようやく見え始めた点でも感慨深い節目となりました。新型コロナウィルスの流行がヨーロッパに到達した二〇二〇年春、私はイギリス・アイルランドでの一年間の在外研究を終え、帰国支度に取り掛かるところでした。一月末のBrexit発効が滞在中の最大イベントとなるはずでした。三月にヨーロッパの空港がつぎつぎ封鎖され、街中から人影が消えるなか、ロンドン発直行便の最後の数便に滑り込んで帰国したのは、ある意味で得難い経験でした。その後三年間は未曾有の事態の連続でしたが、そこから学ぶものも多くあったように思います。とはいえ、キャンパスに学生の姿が戻り、教室での授業が日常となったこの瞬間に、新環境での第一歩を踏み出せる幸せを実感し、新たな始まりに期待しています。

(超域文化科学/歴史学)

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