HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報648号(2023年10月 2日)

教養学部報

第648号 外部公開

君たちはAI時代をどう生きるか

酒井邦嘉

image648-01-1-1.jpg生成AIはエイリアン
 「対話型AI」や「チャットボット」と言うと、人に寄り添う「ドラえもん」や「鉄腕アトム」を思い浮かべるかもしれない。しかし、チャットGPTなどに代表される現在の生成AIには、人間のような心はおろか、心を理解するアルゴリズムすら搭載されていない。人と交信するだけのエイリアン(宇宙人)のようなものだ。
 対話型AIにはマインドコントロールや洗脳にも悪用されるリスクがあり、何より思考力や創造性を衰退させる脅威になり得る。作家の東野圭吾さんは、『魔女と過ごした七日間』の中で、「だからこそ大事なのは、......困難にぶち当たった時には、自分で考え、道を切り拓かねばならないということだ。頼るのはAIなんかじゃない。自分の頭だ」と書いた。君たちはAI時代に、自分を見失うことなく生きられるか。

真の「対話」とは何か
 生成AIの文章は、もっともらしく見せかけた文字や音素の列にすぎない。質問者の発話意図や意味の解析は未だ表面的なものだ。それでも「対話」のように感じられるのは、足りない部分を人が補って都合よく解釈するからだ。いくらやりとりを重ねたところで、それは人間同士の対話にはほど遠い。
 チャットボットが対話風に仕立てられていることで、質問者は「正解」を求めるように誘導されてしまう。「適切な問いかけをすれば、チャットGPTはうまく答えてくれるだろう」と期待したなら、君はすでにその呪縛から逃れられない。
 チャットボットは「イエスマン」としてデザインされているから、同意を返してくるだけでも、自己肯定感が増幅しやすい。片思いのように妄想が膨らむこともあるだろう。「チャットGPTだけが自分を理解してくれている」と錯覚したら、他人の介入を受け付けなくなるかもしれない。 周りの人たちとの真の「対話」を決して軽んじてはならない。

「思考」とは何か
 多くの人が誤解しているようだが、AIや機械が「考える」ことなど決してない。考えるのはあくまで人がすることであり、「電卓が考えない」のと同じように、機械が考えることはない。
 生成AIによる文章作成は、「自らの思考力を欺く不正行為」だ。それはカンニングやドーピングと同じように、詐称の効果だけでなく、相応の副作用をもつ。
 日本の各大学が生成AIの積極的活用を勧める一方で、ケンブリッジ大学は「生成AIの使用は剽窃とみなす」という宣言を早々に打ち出した。生成AIのリスクを少しでも考えれば、「新しい技術を恐れてはいけない。使えるものは使わなくては」という使用を前提とした議論や、そうした「あおり」行為は極めて危険だ。
 私は、「健全な言論プラットフォームに向けてver 2.0─情報的健康を、実装へ」(KGRI、五月三〇日)の共同執筆を依頼され、「生成AIはこれまでの受動的な情報検索と比較してより能動的に情報収集ができるとの誤解を生む危険がある。また、そうした疑似的な双方向性は利用者の注意や没入感を惹起しやすく、生成AIへの依存性や中毒性を助長する可能性がある」と述べた。

「創造性」とは何か
 人間の知能の本質は、ただ新しい組み合わせを作ることではない。一定の枠を逸脱するもの、質の低いものを的確に見極めて、捨てることができる。これが真の生成であり、創造性につながる。生成AIができることは、ある条件のもとに複数の情報を合成するだけだから、そもそも「生成」とは呼べない。
 人のやらないことを考え、感性を磨き、そして的確な表現を身につけるには、血のにじむような研鑽と、気の遠くなるような時間が必要となる。しかし、「専門性を身につけていない人にもAIによって創作が可能になるだろう」といった安易な考えは、真のクリエイターの仕事を軽視するものだ。
 生成AIに頼るあまり、自分の頭で考えること自体を拒否し面倒がる人が続出すれば、将来はどうなるか。効率を追求し、コスパやタイパを重視して生成AIを使った代償として、学問や芸術の後退に拍車がかかるのは必定だろう。

君たちはレポートに生成AIを使うか
 レポートに生成AIの使用を禁止したとして、それでも使う人がいる以上、レポートは額面通りに評価できなくなる。生成AIの使用をワープロの延長のように少しでも許容すれば、「何%までは使ってよい」という線引きができない以上、全面的な容認と変わらなくなる。
 「生成AIを使う人がいるなら、自力でレポートを書いても無駄だ」と君は思うかもしれない。しかし「人は人、我は我」。その答も自分で見つけなくてはならない。
 受験が終わった今、大学生になった今、一番大切なことは問題に正解できるかどうかではない。自分の頭で考え、自ら答を導き出そうとする力を身につけることだ。
 君たちは、大学で何をしたいか。

(相関基礎科学/物理)

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