HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報648号(2023年10月 2日)

教養学部報

第648号 外部公開

人工知能時代の「共創」のあり方を探って

池上高志・茂木健一郎

1.人間らしい認知と共創の可能性
 チューリングマシンやニューラルネットの万能性(Universality)の視点からは、人間の認知の全ては原理的にコンピュータで実現できるはずである。しかし、時間や計算資源の有限性から、どの程度のことが実現できるのかは不明であった。
 近年におけるチャットGPTのような生成AIの進化により、人間の高度な認知機能が人工知能によってある程度代替可能であることが示された。とりわけ、自然言語処理においては、心の理論(Theory of Mind)の中核である誤信念課題(false belief task)の処理や、「チューリングテスト」の要求にかなりの程度対応する出力、そしてウィノグラード・スキーマ・チャレンジのような課題をかなり良い成績でクリアできたことは大きな進歩だった。
 人工知能によって実現できた機能はもはや人間の認知の本質的部分と見なされないというAI効果(AI effect)の下、人間固有の認知、意識を伴う計算領域は次第によりよく定義されるようになってきている。同時に、人工知能などの技術を用いた人間の「共創」の可能性も見えてきた。

2.集団的知能(collective intelligence)
 人間の知能については、スピアマンによる古典的な仕事がある。さまざまな能力に共通する因子(g因子)が統計的に定義され、「知能指数」などの計量の基礎となる。近年の脳活動計測の研究により、g因子は前頭葉を中心とするネットワークの活動によって支えられていることが示唆される。
 単独の単独のエージェントだけでなく、複数のエージェントが共同した時に生まれる集団的知能(collective intelligence)の研究は、人間の自然知能においても、人工知能においても重要である。人間の集団的知能については、g因子と類似のc因子の存在が示唆されている。関連する因子として、社会的感受性(social sensitivity)、話者交代(collective intelligence)、多様性(たとえば女性の比率、female ratio)が有意に相関することが示される。
 以下では、集団的知能を、その創造性(creativity)への寄与を含めてとらえ、「共創」と呼ぶことにする。

3.共創への認知科学、神経科学的アプローチ
 いかに共創のメカニズムを解明し、技術的にも実装可能なものにするか?
 認知科学、神経科学の立場からは、コミュニケーションを支える様々なメカニズムの計算論的、神経学的基礎を明らかにする必要がある。強化学習との関連では、評価関数と目標の関係についてのグッドハートの法則(Good­hart's law)が注目される。生涯にわたる共創の視点からは、幼児の学習、発達から、高齢者における認知症予防との関連、身体性との関係では、脳腸相関を含む、脳の判断、直感を支える機構に注目する。話者交代をうながし、多様性の包摂という目標を実現する上では、議論された情報の公開に関するチャタムハウス・ルール(Chatham House Rule)の意義が注目される。
 社会的感受性や、メタ認知(metacognition)のメカニズム、そして身体化された認知(embodied cognition)が共創に与えるメカニズムを解明し、実装に向けて努力したい。

4.共創への人工生命、複雑系からのアプローチ
 ここで、人工生命の研究から、AI人間の共創関係を作る基盤について考える。人工生命の研究は、生物学的な自律性を考えることだ。生命的な自律性はランダムに動き回ることではない。ほかの個体や環境のアフォーダンス(affordance)を感知して、振る舞うことだ。飛行機は、頑張って編隊飛行を練習するが、鳥はむしろ群れで飛ぶことで学習していくことが多い。そう考えると、生命の特徴はむしろ共創にあるのかもしれない。何が個性的な振る舞いであるかということは、群れを作ることで初めてわかるといえる。
 そこで、私たちは、生命の集団についていろいろと考察をしてきた。例えば、アリは集団になる前は、どのアリも似たようなもので区別がつかない。しかし集団で飼うと、個体によって、うんと働いたり、その逆にサボりまくったりする。それは全く同じ遺伝子を持っていてもだ。こういう集団の中での、個性の発現は、社会性の動物でなくても起こりうる。例えば、ゾウリムシの仲間のテトラヒメナは我々の研究では七つくらいのサブ集団を作ることがわかっている。つまりは、集団を作ると個性が発揮される。
 人工生命の研究は、だからこの生命がつくる集団の共創性を理解して、AIを人間社会に迎え入れる準備をすることである。そこに人の集団だけでは生まれない、新しい人の考えとか、社会の動きが創造されると期待される。このあたりのメカニズムを解明したい。

5.研究上の戦略
 人工知能の研究は急速に発展しているが、同時に、膨大なリソースの投入を必要とする分野にもなっている。このような時代に、人工知能と人間とのアラインメント(AI alignment)を人工知能の活用、及び人間と人間の共創を支えるグループダイナミクスの研究に取り組むことは、好奇心を満たすとともに、意味のある成果を挙げる上で適切な目標設定であると考えている。

6.終わりに
 東京大学は総合大学であり、共創を理解するためのさまざまな分野の研究者が存在している。駒場キャンパスでは、分野横断的な共同研究、議論が可能である。このようなアカデミックなリソースを活かして、共創研究を進めていきたい。人工知能の発展、及び先に述べた人工知能と人間とのアラインメント(AI alignment)の研究は共創において重要な課題であり、本質的課題に総合的に取り組む試みに挑んでいきたい。

〈謝辞〉本稿は、池上高志、茂木健一郎を中心に、二〇二三年四月から東京大学駒場キャンパスで進めている「共創研究」社会連携講座の研究内容を記述したものです。江崎グリコ株式会社のご支援と連携に心から感謝します。

(広域システム科学/物理)
(大学院総合文化研究科)

第648号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報