HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報648号(2023年10月 2日)

教養学部報

第648号 外部公開

キャンパス軸線の局所的揺らぎ――磯崎新「東京大学教養学部美術博物館」改造計画案・図面展示について

田中 純

 「建築界のノーベル賞」とも呼ばれるプリツカー賞を二〇一九年に受賞し、昨二〇二二年十二月に九十一歳で亡くなった世界的建築家・磯崎新は、一九七九年、駒場キャンパスの教養学部美術博物館(現・駒場博物館)で版画の個展を開催している。この展覧会に際し、磯崎は美術博物館の改造計画案を構想し、オリジナル図面三枚(俯瞰図および1階と2階の平面図)を同博物館に寄贈しており、個展でもそれらが展示された。このうちの俯瞰図と1階平面図は現在も駒場博物館に所蔵されている。これらの図面は一九七九年の磯崎展以外の場で展示されたことも、雑誌に大きく掲載されたこともなかった。そこで本年七月八日、駒場キャンパスにおける表象文化論学会大会にて磯崎にも深く関わるシンポジウム「「間」のポエティクスをめぐって」が実施されるのに合わせ、その会場近くにオリジナル図面二枚が展示された。その企画者として、この場をお借りし、図面の所蔵元である駒場博物館・三浦篤館長ならびに磯崎新アトリエ代表・辛美沙氏のご助力に感謝したい。

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 磯崎による計画案では、1階に美術博物館収蔵品用の円形をなす小展示室および収蔵庫が並び、2階中央部は広い展示室とされている。2階奥のさらに半階上がったレヴェルが、マルセル・デュシャン《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(通称・大ガラス)》レプリカ(東京ヴァージョン)の専用展示室になっている。この東京ヴァージョンは磯崎展の企画者でもあった横山正氏(本学名誉教授)が中心となって一九七九年当時制作中であり、翌年完成することになるものである(現在は駒場博物館内に展示)。

 磯崎は《大ガラス》レプリカ背後の壁面中央に実際とは異なる開口部をひとつだけ設け、その外側に実在しない大木─その姿は透明な《大ガラス》と開口部を通して室内から見える─を位置づけているほか、このレプリカを含めた全展示空間の中央を貫く軸線上の二箇所に立方体フレームを配置している。立方体フレームは一九七四年竣工の群馬県立近代美術館をはじめとする磯崎の作品に頻出する形態であり、彼の建築的署名とも言うべきものである。同時にそれは磯崎にとって、ここが「美術館」であることを告げる記号でもあった。そうした点で、これはきわめて磯崎らしい計画案なのである。

 美術博物館の建物は東京大学の建築物を数多く手がけた内田祥三の設計によって一九三五年に竣工した旧制第一高等学校図書館である。二体の立方体フレームが配置されたその中心軸は、駒場キャンパスの正門と1号館を結ぶ南北軸に対して直交する東西軸の一部であり、博物館と対称をなす位置には、内田が設計して一九三八年に竣工した講堂(九〇〇番教室)が建つ。内田の曾孫弟子にあたる磯崎は、建築の「構造」を重視したとされる内田が引いた軸線のうえに、「構造」とは無縁な記号としての二つの小さな立方体を置いたのである。しかもその軸線はこの博物館内で、デュシャンの《大ガラス》レプリカという謎めいた作品を鑑賞する理想的な視線に重ね合わされている。

 今回の展示を実見した建築家の加藤道夫氏(本学名誉教授)は筆者への私信で、この計画案では「二つの立方体フレームの間での振動を生み出す空間」が構想されている、と指摘している。その「振動」は《大ガラス》レプリカや屋外の大木をも巻き込んで、さらに増幅されていると言えるだろう。磯崎はこの振動を通して、曾祖父的な建築家・内田が駒場キャンパスに引いた強力な軸線に局所的な揺らぎを与えようとしたのではないだろうか。そのように考えるとき、この改造計画案は東京大学駒場キャンパスの歴史に深く根ざし、そこに引かれた軸線をあらたなものへと変換する可能性を指し示しているように思えてくる。磯崎新によるこの計画案が、駒場博物館ひいては駒場キャンパスの「建築的未来」を構想するきっかけになることを期待したい。

(超域文化科学/ドイツ語)

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