HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報648号(2023年10月 2日)

教養学部報

第648号 外部公開

日本の脱炭素戦略を担う次世代太陽電池について

瀬川浩司

 気候変動の主因と考えられる温室効果ガスの約九割は、エネルギー生産を排出源とする二酸化炭素が占めており、世界ではエネルギー源の脱炭素化が急務となっている。これに加えて、国際的な資源戦略や国際紛争の影響を受けて化石燃料価格の高騰も起きている。このような脱炭素化とエネルギー安全保障の問題に直面した世界は、省エネルギーの促進はもとより、エネルギー供給源の多様化、なかでも再生可能エネルギーへのシフトを加速させている。原子力や火力に比べ、今や最も安価なエネルギー源になった再生可能エネルギーの大量導入が進めば、各国のエネルギー安全保障や世界の脱炭素化にも貢献するのである。

 しかしながら日本の再生可能エネルギーの現状を見ると、電力の二割がやっと再生可能エネルギーになったところで、世界平均に比べると低い水準にとどまっている。太陽光発電は、二〇二二年度末に約7000万キロワットに届いたものの、その他の再生可能エネルギーの導入はあまり進んでいない。その太陽光発電の導入にすら最近ではブレーキがかかっている。その原因の一つには、日本の再エネ立地条件の悪さがあげられる。このような日本特有の課題を打破できる次世代太陽電池として、どこにでも設置できる「ペロブスカイト太陽電池」が登場した。

image648-04-1-1.jpg ペロブスカイト太陽電池は、本多藤嶋効果に基礎を置く色素増感太陽電池(酸化チタンに吸着した色素が界面光誘起電子移動を起こし、電解液が電子を運ぶ電気化学セル)が発展したもので、その光吸収層の色素と電解液を有機金属ハライドペロブスカイトに置き換えたものである。本多藤嶋効果は、光触媒による水素製造や人工光合成研究の起源にもなっているが、次世代太陽電池のルーツにもなったのである。その意味では、人工光合成や次世代太陽電池の研究は日本発祥と言える。 ペロブスカイト太陽電池に用いる有機金属ハライドペロブスカイトは、ヨウ素と鉛とメチルアンモニウムの三元系のイオン結晶で、その太陽電池としての特徴は、①軽量かつフ レキシブルで既存の太陽電池が設置できない多くの場所で設置できる、②高性能化が可能で、将来的には電動航空機、ドローン、電気自動車などへの利用も期待できる、③発電層の厚さが僅か1ミクロン以下であり、省資源かつ塗布製造可能で将来は劇的低コスト化も期待できる、④発電層の重量の六割を占めるヨウ素は日本が世界生産量二位でシェアは三割持っており、従来の太陽電池生産で課題であった原料の国内調達も問題ない、⑤イオン結晶のペロブスカイトはマテリアルリサイクルも可能で大量生産しても従来のシリコン系太陽電池のような廃棄の問題はなくサーキュラーエコノミーに対応できる、など極めて優れている。国産再エネに関する次世代型技術の社会実装加速化議員連盟でも、洋上風力発電に続く重要課題として取り上げられ、国として大きな支援策を進めることが決まっている。

 われわれは、カリウム添加ペロブスカイトを用いた45㎠のモジュールで、世界に先駆けて変換効率20・5%を達成した。実験用のガラス基板小面積セルは変換効率25・6%、フィルム基板を使った小面積セルでは変換効率23・8%を得ており、疑似太陽光元(1sun、100㎽/㎠)照射時の重量あたり発電量を計算すると46・9W/gとなる。わずか1グラムの太陽電池で40ワットを超える発電ができるのは世界最高値であり驚異でもある。

 一方有機金属ハライドペロブスカイトは、材料組成を変えることでバンドギャップを調整できる。例えば、青い光を吸収する高電圧タイプのセルや、赤い光を吸収する高電流タイプのセルを作り分けることができるのである。これは、無機のpn接合型太陽電池とは全く異なる特徴である。われわれは、比較的バンドギャップが広いペロブスカイトをトップセルに用いて結晶Si太陽電池やCIGS太陽電池などと組み合わせたタンデム太陽電池や、二種類の異なるペロブスカイトを重ねたタンデム太陽電池を研究している。CIGS太陽電池との組み合わせでは、出光興産株式会社との共同研究で変換効率28%の分光タンデム太陽電池を開発している。また、対極にITOを用いた半透明ペロブスカイト太陽電池で変換効率19・5%(電気安全環境研究所(JET)による認証効率は19・3%)のトップセルを作製し、これをCIGSボトムセルと組み合わせることで変換効率26・2%を報告した。これらは軽量フレキシブルなタンデム太陽電池の実用化につながると期待される。二〇二三年四月からは工学系研究科内に京セラ株式会社と社会連携講座を立ち上げ、ペロブスカイト太陽電池と結晶Si太陽電池のタンデムの研究開発も開始した。

 これらのペロブスカイト太陽電池を組み込んだモジュールは、高効率かつ軽量で従来の太陽電池では設置が困難であった場所にも導入できるので、日本全体の再生可能エネルギー比率を向上させ、その結果として脱炭素化に貢献する技術になるものと確信している。われわれは、この他にも積水化学工業株式会社、株式会社東芝、株式会社アイシンと連携するNEDOグリーンイノベーション基金プロジェクトや、これらの企業にパナソニック株式会社、NTTアノードエナジーなど多数の会社を加えたオールジャパンの有機系太陽電池技術研究組合(二〇一二年経済産業大臣認可)を通して技術開発に取り組んでいる。今後の展開にもご期待いただきたい。

(広域システム科学/化学)

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