HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報649号(2023年11月 1日)

教養学部報

第649号 外部公開

百年前の朝鮮人虐殺事件を考えるシンポジウムの開催

外村 大

 去る八月一一日、グローバル地域研究機構韓国学研究センターでは、「関東大震災の朝鮮人虐殺から百年 レイシズムと歴史否定を考える」と題するシンポジウムを開催した。夏休み中でキャンパス自体は閑散としていたが、会場には多くの参加者がやってきて充実した議論を行うことが出来た。

 関東大震災後に起きた、朝鮮人や中国人が犠牲となった虐殺事件は、中学校の歴史教科書にも記述されている。ところが、近年、その史実を否定する動きが目立っている。しかもヘイトスピーチの問題が深刻な現状もある。今年九月を前に、改めて朝鮮人虐殺を考える機会を設けることの意義は大きいと、韓国学研究センターでは考えた。
その関連の会合となると、朝鮮史研究者や社会学者が並ぶが、今回のシンポジウムでは、美術家やラッパーなど、韓国学研究センターとしては異色の顔ぶれをお迎えした。これには、飯山由貴氏の映像作品《In-Mates》をめぐる事件が関係している。

 《In-Mates》は、一九三〇年代にある精神病院にいた二人の朝鮮人患者の記録を基に生まれた作品である。在日コリアンのラッパーであるFUNI氏がその記録に触発されたパフォーマンスを繰り広げ、自由への希求を訴える、というのが主な内容であるが、そこに入る前に関連資料や時代背景について研究者が語る部分がある。私も作品に協力し、関東大震災後の朝鮮人虐殺についても言及した。

 ごく当たり前のことを言ったに過ぎないのだが、これが、二〇二二年度の東京都人権啓発センターの企画での《In-Mates》上映の準備過程で問題となる。そして結局、作品の上映は実現しなかった。これについて東京都は、企画の趣旨に合わなかったためだと説明しているが、飯山氏らは話し合いの場を求めている。そうしたことから、抑圧されている人びとやその歴史を扱った芸術活動、それへの規制の問題の重要性も意識し、表現活動に携わる方々の協力を得ることとなった。

 当日は、第一部でまず、かつて国連人権委員会特別報告者を務めたドゥドゥ・ディエン氏の報告を受けたのち、社会学者や歴史学者が今日の日本の状況をめぐって議論を繰り広げた。二〇〇五年の訪日調査をもとに意見書をまとめた経験を持つ同氏は、そのことにも触れつつ、世界各地の市民社会が繋がりレイシズムと闘い政府を動かしていくことの重要性を訴えた。同時にそれは外交上にも良い影響を及ぼすであろうとの指摘もあった。これを受け、《In-Mates》の問題に関連した議論が続いた。そこでは、対話を無視すること自体が大きな問題であるとの意見のほか、在日コリアンの社会学者からは、マイノリティへの抑圧が世代を越えて継承されている実態、加害者である日本人のトラウマもある現状、そしてそこに起因する生きづらさの克服には、史実に向き合うことが不可欠であり、その権利があるとの訴えがあった。

 第二部は、マイノリティや歴史的抑圧に関わる芸術活動に携わる人びとなどの報告を受けたあと、議論が進行した。そこでは、カナダの先住民の自殺率の高さや先住民寄宿学校での迫害、ルワンダ虐殺の被害者と加害者による共同住宅建築を通じた和解の試み、自身の文化的ルーツの意義を伝えるアイヌの活動、「脱北」者との共同による、東アジアの歴史を扱う在日コリアンの作品などについての説明があった。これを受けた議論では「虐殺の最後の局面は歴史否定である」、「誰かを責めたいという気持ちはなく、世界中の人と対話するつもりでやっている」など、深く考えさせられる言葉が並んだ。

 これらを受けた総合討論では、レイシズムや歴史否定の深刻さについての言及と、それに対して何もしないことが生む問題の指摘がなされた。しかし同時に、様々な報告を受ける中で、「前に進めるのではないか」という意識も得たとの発言もあった。実は、この時点でかなり予定時間を過ぎていたのだが、このあと、FUNI氏が圧巻のライブを披露し、会場を大いに沸かせ、加治屋健司教授(英語部会・芸術創造連携研究機構)のまとめの言葉を受けてシンポジウムは終了した。このシンポジウムの記録映像はインターネットを通じて公開されているので、当日参加できなかった学生のみなさんもぜひご覧いただきたい。

 なお、震災百年にあたり、韓国学研究センターでは、民族間の相互理解や友好的な関係を構築するうえで私たちの研究がますます重要な意義を持つこと、それを念頭に活動を活性化させていくとするセンター長声明をウェブサイト上で発表した。今年度後半もいくつか、韓国朝鮮にかかわる、政治・社会・文化の研究会等を準備中である。研究会というと学生にとっては、敷居が高いという意識があるかもしれないが、学生の参加も大歓迎である。また、何か韓国朝鮮にかかわる研究をしようと思っている学生がいたら、メールで連絡を入れるか(アドレスはcks@g.ecc.u−tokyo.ac.jp)、気楽に9号館三階の韓国学研究センターの研究室を訪ねてほしい。各種アドバイスや情報の提供も可能である。

(地域文化研究/歴史学)

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