HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報649号(2023年11月 1日)

教養学部報

第649号 外部公開

音と物質の科学の探求―音を感じる新素材と音で操る材料物性操作―

本多 智

 我々の身の回りでは様々な高分子材料が活躍しています。これらの高分子材料には、熱的、力学的、さらには化学的耐久性を賦与することを目的にしばしば架橋が施されます。しかし、架橋構造は材料の長期的な使用を可能にする一方で、役目を終えた材料の解体・再資源化を妨げることが問題となっていました。この問題の解決に向けて、物質合成分野では熱や光などの外部刺激で解体可能な動的架橋物質(DCM)が提案されてきました。とりわけ、時間的・空間的にピンポイントで作用させることが可能な光刺激を有効利用すると、意図したタイミングで意図した部分のみを解体できる可能性があり、日々新しい研究が報告されています。しかしながら、光刺激は材料の表面に作用することはできても、材料内部への到達は困難であるという、原理的に解決困難な課題がありました(図a左)。

 意図したタイミングで意図した部分のみを解体でき、材料の内部であっても時間的・空間的にピンポイントに作用可能な外部刺激とはいったいどんなものなのでしょうか?私は「音」に着目しました。媒体の振動の伝播によって特徴づけられる音波は、障害物を回り込み、原理的には材料内部にも作用します(図a右)。とくに高密度焦点式超音波(HIFU)は、波の重ね合わせの原理を利用して焦点にエネルギーを集中させることができ、大型装置はガン治療に応用されてきた実績もある一方で、材料の研究に有効な小型デバイスがありませんでした。私は、①音を感じる材料(感音性材料)の開発および②感音性材料の物性をHIFUで操る方法論の開発、をいずれも達成できれば、架橋材料内部の局所的な物性を自在に制御できるのではないかと考えるようになりました。最近、「音動的共有結合性物質の工学(ADCME)」とわたしたちが呼んでいる新コンセプトにより、これら①と②を実現しましたので、紹介したいと思います。

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図 (a)光と音の外部刺激としての違いを表すイメージ図。(b)HIFUデバイスと焦点に照射する様子のイメージ図(左)およびHIFUを照射したADCMの写真(右)。(c)HABIを含まない架橋高分子材料の試験片に対して水中で高出力のHIFUを照射するイメージ図(左)と実際に照射して試験片が解体した瞬間の写真(右)。

 私たちは、光応答性をもつことで知られるヘキサアリールビイミダゾール(HABI)を鎖中に持つ様々な高分子をこれまでに合成してきました。HABI中には、通常の炭素─炭素結合の3分の1程度の小さい結合解離エネルギー(BDE=100 kJ/mol)の結合があります。従来は、この結合が光刺激によって可逆的に開裂してトリフェニルイミダゾリルラジカル(TPIR)を生成することで知られてきました。それに対して私は、この結合をHIFUでも可逆的に開裂できることを明らかにしました。具体的に私たちは、液槽光重合(vat-photopolymerization:VP)方式の3Dプリンティング(3DP)により音動的共有結合性物質(ADCM)からなる3次元造形物を作製しました。続いて、この研究のために製作された新たなHIFUデバイスによってこの造形物の内部が焦点となるようHIFUを照射したところ(図b左)、一定の出力を超えたところで照射部位のみにTPIRの生成に由来する色変化がみられました(図b右)。この焦点位置は光刺激には到達できない材料内部である点が重要です。また、HIFU照射前後の力学物性を比較したところ照射後には造形物の貯蔵弾性率が顕著に低下し、この力学物性変化が可逆的であることも分かりました。さらに、HIFUの出力を上げると、HABIを含まない造形物についても内部を遠隔的に破壊・解体できることもわかりました(図c)。

 架橋高分子の用途の一つである接着剤は、多くの場合に部品同士を強固に接合します。接合された部品群は、分離・解体することができない場合には廃棄するしかありませんでした。それに対して、私たちの研究に基づくと、低い出力でHIFUを照射すればADCMの力学物性を制御できますし、高い出力でHIFUを照射すればADCMであるか否かによらず架橋高分子材料をいとも簡単に解体することができます。すなわち従来型接着剤の解体に問題を抱える現産業分野において即座に応用できる可能性があります。またADCMEは、構造材料や3DPによる造形物など様々な架橋高分子材料の解体・再加工・再利用など広く展開可能なものであり、来たる循環型社会の実現に向けた基盤技術になると考えています。
さて、〝音で材料物性を操る〟ことができるなら、〝材料で音響特性を操る〟という逆の展開もあってよいかもしれません。では、〝どんな材料〟で〝どんな音〟を操ることができたら面白いでしょうか?音楽が好きな私にとって、それは〝高分子材料〟で〝楽器の奏でる音〟を操ることでした。現在、このような発想からスタートした研究さらには実用化に向けたプロジェクトを進めています。自由の風に吹かれる研究者精神を忘れず、「基礎も応用もできて当たり前」の信条のもと、これからも私にしかできないことを探求し続けたいと思います。

(相関基礎科学/化学)

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