HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報649号(2023年11月 1日)

教養学部報

第649号 外部公開

<時に沿って> 変化するものと変化しないもの

池田 啓

image649-03_2.jpg 二〇二三年七月に広域システム科学系に着任しました池田啓です。大学で西日本に移り住んで以来、二十数年ぶりに地元目黒区に戻ってきました。久しぶりに目黒に住んでみて、浦島太郎になった気分です。渋谷駅の東急東横線は地下に潜り、駅前のバスターミナル周辺は大きく様変わりしており、全く見知らぬ街になってしまいました。その一方で、道路の配置は昔のままで、様変わりした街であっても、迷うことなく歩き回ることができるのには不思議な感じがしました。

 さて、私の専門は広い意味では進化生物学です。進化生物学は理論的な研究から実験的な研究まで非常に多岐にわたる領域です。その中で私の一番の興味は、「生物がどのように多様なものへと進化してきたのか」という仕組みを理解することです。こうした問いに対しては、ダーウィンの進化論に従えば「自然選択」とか「適応的」といった究極的な答えが与えられます。しかし、自然選択される表現型が「どのような仕組みで作られるのか」という至近的な観点での答えにはなりません。生物の進化を至近的な観点から理解するには、モデル生物などを用い、形質や表現型を制御する分子機構や遺伝基盤などを解明する必要があります。その一方で、モデル生物の研究によって描かれた生物の設計図を見るだけでは、設計図のどの部分を書き換えることで多様な生物が生まれたのか、という進化の問いに答えることはできません。

 こうした着想をもって研究している中での興味深い発見は、植物の光受容体に見られる進化現象です。植物には視覚を司る神経系や物を見るための眼のような器官はありません。しかし、植物が持つタンパク質の中には、光(光エネルギー)を受けた際の物理化学的な変化によって、生理応答を制御するものがあります。これらのタンパク質が植物の光受容体で、植物が光合成するための光を効率よく獲得できるようにする働きが主な役割です。光受容体は植物が適応的に生きる上で重要なタンパク質であると考えられ、全ての陸上植物が保存的に持っている、いわば「変化しない」機能が維持されたタンパク質です。その一方で、私は、光受容体の性質が近縁な種の間で「変化している」例を発見しました。この性質の変化がどういった適応的意義を持つのかを明らかにするのはこれからの課題ですが、植物の多様性を生むための原理の一つであれば面白いと考えています。

 最近は生物の進化をゲノムレベルで理解する研究が実現できるようになっており、私の発見も遺伝子の配列に残された進化の歴史を紐解くことで見つかったものです。ゲノムに残された進化を紐解くことは、見た目の特徴に対する先入観を持つことなく、生物の進化にとって普遍的に重要な役割を果たした遺伝子や表現型を見つける手がかりとなります。そして、様々な生物の進化において予想外に「変化している部分」を見つけ出し、生物の進化に共通した予想外の原理を発見することにつながるはずです。「変化しない」と思っていたものが、「変化している」ことを見つけるのは進化の研究としては面白いことですが、日常生活で遭遇する予期せぬ変化に適応するにはもうしばらく時間がかかりそうな予感がします。

(広域システム科学/生物)

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