HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報650号(2023年12月 1日)

教養学部報

第650号 外部公開

微生物が駆動する共生から病原と多彩かつ連続的な感染様式を支える分子機構の発見

晝間 敬

image650-01_1.png 我々生物は植物の光合成の過程で生じた糖などの炭素源を活用することで繁栄してきた。植物は周囲の微生物集団との共生関係を樹立することで、例えば、リンや窒素といった必須栄養素を共生菌から受け取り貧栄養環境等での適応を果たしている。一方で、植物に害を与える病原菌も植物から栄養を搾取しようと機をうかがっており、しばしばそういった病原菌は作物生産に大被害を与えてきた。共生菌と病原菌は植物に実に対照的な結果をもたらすことから、大きく異なる存在として捉えられる傾向があり、実際に異なる研究領域でそれぞれの菌の研究が進められてきた。しかしながら、近年のシークエンサー解析技術の発達とともに、これまでは見過ごされてきた実に多様な微生物が植物と共棲していることが明らかになってきた。その過程で発見された微生物の中には宿主の遺伝背景を改変した場合や置かれた環境に応じて、時に共生菌として振る舞う、別の条件では病原菌として振る舞うなど、実に多様な宿主感染戦略を示す例も発見されている。以上からも、植物感染微生物は環境や植物の状況等で、実は病原から共生へと柔軟かつ連続的に自らを変化させるのが本質で従来のラベル化して両者を異なる存在として捉えるのは不適切ではないかという素朴な疑問が生じる。一方で、単一の微生物がそのような柔軟な感染戦略を可能とする分子メカニズムはわかっていない。  我々は、アブラナ科植物であるモデル植物シロイヌナズナから単離した糸状菌(カビの一種)Colletotrichum tofieldiae(Ct)がアブラナ科植物の根に感染し、リンが枯渇した環境では菌糸を介して植物にリンを供給し、植物成長を促すことを以前に見出している。今回、我々は、Ctの同種菌株を世界中から入手し、それらが植物の成長に与える影響を調査した。その結果、予想通り、同種菌株のほとんどは、リンが枯渇した環境下で植物成長を促した。一方で、調査したCt株の一つは他の共生型のCt株とは異なりシロイヌナズナやコマツナの植物成長を著しく阻害する病原菌として振る舞うことを見出した。

 そこで、共生型と病原型それぞれのCt株の植物感染中の遺伝子発現応答の比較解析により、この共生性と寄生性を分かつ分子基盤が同定できると着想し、網羅的な遺伝子発現応答解析を行ったところ、病原型のCt株感染時のみに植物のアブシシン酸(ABA)応答経路に関する因子が活性化し、植物のABA応答経路が病原型Ct株の植物生長阻害効果に必要であることが判明した。次に、なぜ、病原型Ct株の感染時のみに植物の乾燥ストレス耐性等にも重要なABA応答が活性化しそれがこの環境下では植物成長阻害につながってしまうかを調査するために、菌側の遺伝子発現応答解析を行った。その結果、ABA(もしくはその前駆物質や類縁化合物)とbotrydialと呼ばれる二次代謝物の生合成を行うと予測された生合成遺伝子群が、病原型の特定のゲノム領域にまとまってクラスター化(ABA─BOT)しており、病原型Ct株が植物根に感染中に活性化することを見出した。一方で、共生型のCt株も同様のクラスターを有しているものの感染中に誘導されなかった。そこで、ABA─BOTに座乗するABA様合成酵素やbotrydial合成酵素を欠損した菌遺伝子欠損体株を作出して、植物へと接種したところ、野生株では認められた植物のABA応答の活性化が認められなくなることを発見した。さらに、変異株に関してはシロイヌナズナの根にうまく定着できないことから、これらの合成遺伝子は病原型Ct株が植物の根に感染するために必要であることが判明した。興味深いことに、本クラスターが活性化すると植物の根にスクロースなどの糖が高蓄積することから、菌は植物に糖を蓄積させ、それを感染に利用している可能性が考えられた。さらに、驚くべきことに、ABA─BOTが機能しなくなった菌変異体はリンが枯渇した環境で他の共生型Ct株と同等レベルで植物の地上部成長を促した。この事実から、たった一つの二次代謝物生合成クラスターの有無が、共生と病原を分かつ要因であることが明らかになった。

 最後に、ABA─BOTの活性化度合いは外部の温度変化に影響を受けることを発見した。具体的には、通常の生育温度である22度から26度へと温度を上昇させた場合に、該当クラスターの活性が認められなくなり、それに伴い病原型Ct株がリンの枯渇した環境下で植物成長を促す共生型へと変貌した。さらに、植物のリン枯渇応答を制御する転写因子が欠損したシロイヌナズナ変異体においては、26度であっても病原型Ct株はABA─BOTの活性化を通じて植物成長を阻害することが明らかになった。以上から、病原型Ct株は一日の中でも認められる温度変化や植物の遺伝的な背景に応じてクラスターの活性化度合いを連続的に変えており、その連続的な発現変化が病原型Ct株の示す病原から共生と多彩かつ連続的な植物感染戦略を支えていることが想定された。

 まとめると、植物の共生菌と病原菌が異なる存在では全くなく、実は両者は連続的につながった存在でありその連続性を支える分子基盤が今回判明した。今後、植物定着糸状菌が持つ共生性と病原性を分かつABA─BOTの制御機構を理解しその理解に基づいて制御することで、共生菌も潜在的に秘めている病原性発揮機構を抑止することが可能となり、将来的により安定的に植物成長を促す微生物資材として活用する術が得られることが期待される。また、今回同定したABA─BOTは活性化することで植物成長が阻害される負の一面はあるものの、植物組織に糖を蓄積させる有用形質も示しうることが明らかになった。その制御機構を明らかにし改変することで、植物の成長を害さない適切なタイミングで糖を高蓄積させた作物の生産にもつなげられると期待している。

(生命環境科学/生物)

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