HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報650号(2023年12月 1日)

教養学部報

第650号 外部公開

<送る言葉> 引き続きよろしくお願い申し上げます―酒井哲哉先生を送る―

川島 真

 編集部から「酒井哲哉先生を送る言葉」を書くように求められました。酒井先生が駒場をさられた後の風景については、正直なところ、あまり想像したくありませんでしたし、ギリギリまで考えないようにしようと思っていました。しかし、このような依頼に接してしまい、急に半年後の現実が眼前に迫ってきたように感じています。

 筆者が駒場に赴任したのは二〇〇六年十月ですが、その二年ほど前に酒井先生から人事の話をいただきました。筆者同様、酒井先生も北海道大学法学部から駒場に異動になったこともあり、北大との相違も含めて丁寧にご説明いただきました。その時にしていただいた「駒場概説」の講義は、現在も筆者の駒場理解の基礎になっています。

 赴任してからの十七年間、酒井先生とともに学部前期と後期の国際関係史の講義を担当してきました。酒井先生が日本を中心に、筆者が中国を中心に国際関係の歴史を講義していました。大学院については、酒井先生とイギリス外交史の後藤春美先生と筆者の三名体制で数多くの大学院生を指導しました。最も記憶に残っているのは、博士論文提出に向けてのコロアキアム、また論文の口頭試問に際しての酒井先生の学生へのコメントです。酒井先生は丁寧に論文を読み解き、明確な座標軸の下にその論文の位置付けを示すとともに、その書き手が気付いていないような意義や可能性を見出すのです。筆者の学生たちも、どのコロキアムで酒井先生に何を言っていただいたのかということを、明確に覚えていて、よく話題にしています。筆者も酒井先生のコメントから学術的にも、また教育面でも多くのことを学びましたが、同時に同じ水準に達することはあまりに難しいとも感じておりました。

 酒井先生は、駒場赴任前から、「『9条=安保体制』の終焉」や『大正デモクラシー体制の崩壊』などの画期的な業績で広く知られ、本学ご赴任後は『近代日本の国際秩序論』に代表されるように、近代日本の国際関係論や国際政治論の思想的系譜を主たる研究内容にしておられたように思います。常に日本政治外交史、国際関係思想史、学説史などの面で学界をリードする研究者であり、学外の研究者の多くの著作の「あとがき」などでも酒井先生のご指導やコメントへの感謝などが記されています。教育面でも、酒井先生の講義は多くの学生を魅了し、先生の謦咳に接して学問の道を目指した多くの若手研究者が世界の学界へと飛び立っていきました。酒井先生が意図されたことではないかもしれませんが、酒井研究室が日本における国際連盟、国際組織史の研究拠点となったことも特筆すべきだと思います。学内行政の面でも、国際社会科学専攻の専攻長や駒場図書館長として問題を長期的な視野から処理され、また同僚の仕事を増やさないよう物事に対応しておられた御姿が忘れられません。

 半年後、多くの同僚、学生たちが感謝の意を込めて酒井先生をお送りいたしますが、まだまだコロキアムや口頭試問でお世話になることと思います。引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

(国際社会科学/国際関係)

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