HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報651号(2024年1月 9日)

教養学部報

第651号 外部公開

数学の新研究拠点設立 フランスと共同研究・人材育成へ

斎藤 毅

 日仏数学連携拠点(Fren­ch-Japanese Labora­tory of Mathematics and its Interactions略称FJ─LMI)が駒場キャンパスに新たに設立されました。拠点設立の署名式が十月三日に安田講堂で行われ、本学の藤井輝夫総長の列席のもと斎藤毅数理科学研究科長とPetit(ペティ)フランス国立科学研究センター会長が署名しました。拠点そのものは署名式に先立つ九月一日に設立されました。拠点のフランス側代表は現在本拠点に滞在中のPevz­ner(ペフゼネール)ランス大学教授、日本側代表は数理科学研究科の小林俊行教授です。この新しい拠点は、日仏の数学研究交流のこれまでの活発な実績を踏まえて設立され、さらに交流を深化させる推進力となるものです。

 フランス国立科学研究センターはCNRSと略される組織です。CNRSは研究員・職員約33000名を有するヨーロッパ最大の基礎研究機関で、生命科学、化学、環境科学、人文・社会科学、工学・システム科学、数学、原子核・素粒子物理学、物理学、情報科学、地球・宇宙科学の10研究機構があります。これらは合わせて1100以上の研究組織からなりますが、その大部分(97%)はフランス国内あるいはフランス国外の大学と協力して最先端の研究活動を運営しています。CNRSのシステムは、文化的なソフトパワーを高めようというフランス独特の発想に基づくものといえるでしょう。

 CNRSがフランス国外の大学や研究組織と協力する形態には、萌芽的協力(IEA)、研究ネットワーク(IRN)、研究プロジェクト(IRP)、国際研究拠点(Internatio­nal Research Labora­tory略称IRL)の四種類があり、この順に協力レベルが深く強力なものと定められています。今回、本学の数理科学研究科が締結したのは、もっとも深いレベルである「国際研究拠点」です。CNRSの国際研究拠点としては、日本国内で十一番目、東京大学では五つ目のものになります。東大の既存のものは、生産技術研究所のLIMMS(集積化マイクロメカトロニックシステム共同研究ラボ、二〇〇四年設立)、情報理工学研究科と情報基盤センターが加わるJFLI(日仏情報学連携研究拠点、二〇一二年設立)、宇宙線研究所、カブリ数物連携宇宙研究機構、素粒子物理国際研究センター、理学系研究科のILANCE(宇宙・素粒子物理学及び天文学、二〇二一年設立)、そして本郷キャンパスに置かれたDYNACOM(マテリアル科学、二〇二二年設立)の四つです。

 数学の分野においては、日本とフランスは高いレベルで相互にインスピレーションを与えあって発展してきました。長い交流の歴史の中からいくつか例をみてみましょう。高木貞治は解析概論の著者として広く知られていますが、その整数論での業績である類体論を、ブルバキのメンバーでもあるシュヴァレーは、素数pごとに定まるp進体をすべて束ねて得られるイデールを導入して現代的に整理しました。代数幾何の基礎を革新したグロタンディエクは層のコホモロジーの理論を構築しましたが、佐藤幹夫も超関数の理論を創始したとき層の局所コホモロジーに独立に到達していました。フェルマーの最終定理の解決をもたらした志村・谷山予想は、第二次大戦後の日本で初めてのものとして一九五五年に東京と日光で開かれた国際研究集会でその原型が谷山豊によって述べられましたが、その研究集会にも参加していた志村五郎によって正確に定式化され、さらにヴェイユの研究によって数学界に広く知られるようになりました。また、ファイナンスにおけるItoの公式によってウォール街で最も有名な日本人とも言われる伊藤清とマリアヴァンなど、深いレベルでのインスピレーションと交流が新しい数学理論を生んできました。ここでは歴史の中からいくつかとりあげましたが、現在も交流が活発に行われていることはいうまでもありません。

 この秋に駒場キャンパスに設立された日仏の数学研究拠点は、四つの研究領域、⑴整数論と代数幾何、⑵リー群論・幾何学的群論・表現論、⑶偏微分方程式・逆問題、⑷生物学や生命科学への数学の応用、でスタートします。拠点には、フランスから研究者や学生が長期あるいは中期にわたり滞在し、日本側の研究者や学生と直接対面して議論を重ねたり、研究成果を講演したりすることにより、活発な研究交流を行います。拠点用に、数理科学研究科棟に日仏数学研究室を設置しました。拠点の目的は、数学の広い分野に日仏の研究協力と人材育成を深化させることです。研究者が成果をあげることだけでなく、学生を含む若い世代が直接交流することで、研究者のネットワークを作り上げ、国際的に活躍する基礎となることを期待しています。

 拠点の設立を記念して、駒場キャンパスの桜が満開になる来年四月上旬に、開所記念コンファレンスを開催します。フランスから、純粋数学から応用数学に亘る著名な8名の研究者が駒場に来て数理科学研究科棟の大講義室で講演します。内容は前期課程の皆さんには高度かもしれませんが、最先端の研究交流を肌で感じられる機会になることでしょう。


image651-1-1.JPG
AGREEMENT FOR THE CREATION OF AN INTERNATIONAL RESEARCH LABORATORYの署名式(本郷キャンパス)。
左から、CNRSのデルサン副部門長、ベス部門長、ペティ会長、ペフゼネール教授(新研究拠点のフランス側代表)、
東京大学斎藤毅数理科学研究科長、藤井輝夫総長、小林俊行教授(新研究拠点の日本側代表)

(数理科学研究科)

第651号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報