HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報652号(2024年2月 1日)

教養学部報

第652号 外部公開

<駒場をあとに> よく游びよく学び

山本昌宏

image652-3-01.jpg 年をとってからしてはいけないこととして、次の三つがあるという意見があります―すなわち、昔話ばかりすること、自慢話ばかりすること、教訓めいた話ばかりすること、だそうです。そうはいっても昔話が多くなってしまいそうですが、若い方のご参考になればありがたいことです。

 駒場は一九七七年に東京大学に入学以来で、その後、一九七九年~一九八五年に本郷(理学部)で学生生活を送りました。一九八五年に教養学部数学科の助手として採用され、一九九二~一九九三年にミュンヘン工科大学で Humboldt財団による客員研究員をした以外は、ずっと駒場ですので、足掛け四十年勤めたことになります。
 助手の時代と今の駒場を比べると月並みな言い方ですが、隔世の感があります。しかしながら、変わらないのはリベラルアーツの精神と専門分野の研究を双方バランスをとってこの世を支える人材を育成するのだ、というスタッフの気概ではないかと感じています。かつては、昨今の傾向である学際的、異分野連携というスタンスが教育、研究活動において発展途上であったように思います。そのような風潮にあって、駒場に強く漲っていたそのような気概が強く印象に残っています。そのような気概は、時には細かな矩を超えて強い情熱として噴出し、目にみえる形で実行されたこともありました。

 数学は、ともすれば専門分化の極みの蛸壺のような学問分野と誤解されがちですが、数学は論理的に考えるための人類共通の言語であり、論証のみで成立する学問です。そこでキチンとした訓練のもとで、数学という言語を用いてじっくり議論すれば、異分野の研究者の間でも共通の理解に到達しないはずがないと考えます。駒場にあって、自然科学の分野だけでなく人文系の先生方と学部内の色々な会合や委員会などでお話しをする機会があったのは、愉快な経験であるだけではなく、多様な文化に触れる貴重な機会であり、自分の数学を進める上で刺激になりました。ちょっとお話ししただけなのに、私のうちに強く刻み込まれた面影、風貌、お考えがたくさんあります。不思議なことです。自分が所属している数学界といういわば狭い内部世界の居心地の良さもさることながら、駒場のそのような多様な雰囲気に長年触れることができたことは、いいようもない人生の幸運です。これはおおげさに言っているわけではありません。駒場に三十九年間、籍を置き続けたのは決して偶然ではないのです。

 駒場では(ということはこれまでの人生ということですが)、応用を意識した偏微分方程式に関連する分野で研究を進めてきました。現実社会の現象、事象の解決のために数学理論を適用することが主要な任務ですので、数学の基礎的な勉強と色々な現場の研究者、技術者との共同作業が重要です。若いうちから現場の方からの「現実の問題を解決するために、数学まで持ち込んで何がわかるんだい?」というもっともなご意見もいただくこと頻りで、数学のロジックを墨守することなく、しかし数学者の立場は譲らずに研究や作業を遂行していくことを実践することができました。たとえば二〇一一年の東日本大震災後の農地除染などに関連した数学解析が、住んでいる地域の安全に関連して住民の切実な思いに直結している課題である一方で、使う数学は本質的に教養課程一、二年次の数学でほぼ尽くされていることを実感でき、数学者であることと、駒場での数学教師であるという立場をぴったり重ねていくことができました。

 数学には有名な未解決な問題や研究の主要な分野がありますが、私はあまりそのような潮流に乗ることなく、結局のところ、自分の好みに従って課題を選んで研究してきました。幸い、ヨーロッパや中国などで気の合った同僚と仕事をし続けることができましたし、今もやっていますし、これからも健康に恵まれればそうでしょう。景色のよい快適な草原で、好きな数学の花を摘んだり実をかじったりして遠くの山や海を見ながら散策している感じです。まあ、時にはどぶにはまったり、嵐に会ったりしたこともありましたが。
 そのように自由にやってこられたのは、周りの方々のご理解(というか寛容心)と助力・介護が不可欠でした。しかも、自分で気がつかなかったことで助けてもらったこともあるかと思います。そのようなもの全てまとめてひっくるめた上でのラッキーとしかいいようのない駒場での生活でした。そのような、いちいちお名前を挙げることができないくらいの多くの方に支えていただきました。特に事務系の方々のサポートなしには、日々の生活のなかで自分の好きな数学までとても手が回らなかったと思います。末尾になりましたが心より感謝申し上げます。

 退職後も駒場に顔を見せることがあるかもしれませんがよろしくお願いいたします。
 最後になりましたが、東京大学、教養学部、数理科学研究科の今後の一層のご発展を心よりお祈り申し上げます。

(数理科学研究科)

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