HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報652号(2024年2月 1日)

教養学部報

第652号 外部公開

<送る言葉> 品田悦一先生を送る――言而有信

田口一郎

 「信」とは嘘をつかないことだが、品田氏が常に「信」かどうかはあやしい。ホラを吹かれるからである。かつてある高名な先生がお辞めになるとき、品田氏は本欄にこう書かれた。

 「ああ 親分ならどこへでも飛んで行ける/新しい子分にだつて事欠かないだらう/だから お願ひだから/出て行くなら二度と帰つて来ないでください。/親分!」(本紙五二六号)

 品田氏に送別文を依頼した大先生は驚愕した。自身の名誉教授推薦に危機を感じた大先生は、品田氏だけには推薦書類に関わらせないよう部会主任に圧力をかけた。しかし権力に阿らない部会主任は、もちろん品田氏に推薦文の下書きを依頼し、その名文のおかげで、めでたく大先生は名誉教授になられた。品田氏の語るこんな話が到底「信」であるはずがない。

 また曰く、品田氏がある委員を断り続けた。すると某教授から電話がかかってきて、「ねぇ品田君、ちょっと話があるんだけど......」。品田氏「僕にはありません!(ガチャン)」。こんな話が「信」であるはずがない。

 また曰く、息子さんが子供の頃、寝かしつけに創作物語をしていた。ある晩、即興話を二つもしてあげたのに、息子さんの目は爛々と光ったままで、「もっとおもしろいおはなしして!」。しかしさすがに品田氏の息子さん、痛い目には何度も遭っているので、「あっ、そうだ。『おもしろい』って言っても、犬が体じゅう真っ白で尾も白い、っていうのは駄目だよ」と念を押すのは忘れなかった。それならばと、語りだしたのが、スコットランドを舞台にした「イングランド王女の輿入れ」。王室の複雑な人物関係を背景に、多くの人物を登場させ伏線を張り、キャラクターを立て、どう転んでも面白くなりそうな盛り上がりを見せたところで、突如王様が「わしも城に居っぱなしじゃ」と語り、「オーモシロイッパナシ」と駄洒落で話は強制終了。「めでたし、めでたし」にキレた息子さんは大暴れ、「それからだよ、息子がぐれたのは」。こんな話が「信」であるはずがない。

 また曰く、シラバスの「授業の方法」欄に、そういうことじゃないよと言われ続けても「全身全霊で講義する」と書き続けた。毎年ほぼこの一行のみであったが、今期のシラバスには、以下の文が追加された。

 「*この欄にこう書き続けて二十年。しばしば『教務委員会で話題になりました』と遠回しに修正を求められたが、屈することなく今日を迎えた。なぜ屈しなかったか。現に全身全霊で取り組んできたからである。そしてそれが人文学科目における最善の『方法』だからである。『方法』とは目的を達するための手立てをいう。ともあれ今季いっぱいで定年退職の運びとなるため、同調圧力と戦うのもこれが最後となる。無限の感慨を禁じえない」

 こんな話は「信」なのである。こんな先生がいたことを誇りに思う。

 品田先生、長い間どうもありがとうございました。

(超域文化科学/国文・漢文学)

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