HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報652号(2024年2月 1日)

教養学部報

第652号 外部公開

<駒場をあとに> ありがとうの想いからはじめて

加藤恒昭

image652-5-01.jpg 「工学が背景の人間ですから」「これから英語の先生ですから」と言い訳をしながら、おそるおそる駒場にやってきたのはもう二〇年以上前になる(世紀の変わり目でした)。そんな逆さコウモリにも駒場の人たちは優しくて、ちゃんと居場所を作ってくださった。いくつかの場面ではコウモリを活かしつつ、別の場面ではそんなことは関係なく、駒場の研究・教育・運営に加わらせていただけたことをありがたく思う。その際にお世話になった多くの先輩、同僚教員の皆さま、事務職員、技術職員の方々、そして、研究と教育の場面でご一緒できた学生の皆さんに、心より感謝したい。なんのかんの言っても、色々な方とワイワイとやれたのは楽しかったですよね。ご迷惑おかけしたかもしれませんが。

 研究活動でも思い出されるのは、○○評価ワークショップだの○○チャレンジだの○○研究会だのの運営で、こちらもワイワイやっていたように思う。そう言えば、みんなで本を書いたり訳したり。多くの指導ができたわけではないけど学生の方との研究の議論も刺激的だった。この夏、居室に残っていた紙ベースの資料を整理していて、一人の研究者として残せたものは多くない(それすら婉曲表現)けど、まあ、いつもいつも、たくさんのやりとりをしていたなあ、精一杯やってたよなあ、と束の間、感慨に耽ってしまった。

 教養学部の英語の先生である。私の教養は英語の授業で扱ったテキストがそのすべてだと言っても過言ではない。教養英語(英語一列)では四世代七冊の教科書を扱い、様々なテーマを取り上げ(させられ)てきた。教育の世界にも自転車操業はあって、教える以上に学ぶことの方が多かった。こういう機会がないと学ばなかったであろうことを学べることは実は嬉しくて、役得だったかもなあなどと考えている。とはいえ教養への道は遥かで遠い。sublimeという大事な概念があるのを知ったのはつい最近だったりする(まだ授業が残っているので言うべきではなかったかも)。学生の皆さんも次から次に押し寄せるネタに閉口しているかもしれませんけど、関心や視野を広げるきっかけとして取り組んでもらえればと思う。楽しいこと、面白いと思えることが多いのはそれだけで素晴らしいことだし、それをいちばん広げられるのは今の皆さんの時期だと思う。加えて、人生、何があるかわからない。言語といえばPrologかLISPの人間が、突然、英語の先生になっちゃうこともあるのです。

 鼻は昔から大きい。四〇過ぎから心配していた頭頂の頭髪は、頑張ってくれているけど、頭側と比べると、まあかなり薄くなってきている。これで白髪だったら、お茶の水博士いけないかと考える。手塚治虫のオリジナルにはほど遠いけど、浦沢直樹が『PLUTO』で描いた博士なら、そこそこいけるかもと思ったりする。とはいえ、幸か不幸か綺麗な白髪にはなかなかなりそうにない......。アトム、ウラン、コバルトという昨今ではちょっと引いてしまう名前を持ったロボットたちの育ての親のお茶の水博士は、子供の頃の憧れだった。公害問題をはじめとする負の側面がクローズアップされる前に幼少期を過ごした私には、科学技術に対する漠とした期待が刷り込まれているように思う。もちろん、その後、クーンも村上陽一郎も読んだので、能天気にそれを信じているわけではないけれども、やはり、三つ子の魂百までで、技術は何か素晴らしいものをもたらしてくれるという想いはどこかにあるし、そんな想いに動かされての研究活動だったかと振り返る。その時期は、ICOTに始まり、ChatGPTに終わろうとしている。もちろんどちらも傍で見ていただけであるけれど、前者へのワクワク感に比べて、「すごいけど、なんかつまらんなあ」と感じてしまう自分は、やはり引き際ということだろう。

 数年前から山歩きを再開した。三〇年前に登っていましたと言っても前世で登っていましたというのとあまり変わらないし、その頃から小屋泊まりの稜線歩きなので、ハイキングに毛が生えた程度だけれども、再開してよかったと思う。まずは爽快であるし、次にどこに行こうかと考える時間も楽しい、日々の生活でもちょっとだけ体力維持に気を使う動機づけになる。写真はこの夏の一枚。山頂での写真は果てて顎を出し、とても見られるものではないが、これはこれからの写真なので、まあお見せできる顔をしている。背後の山容とも相まって、お気に入りである。平日も時間がとれるようになるだろうし、あと五年、できれば一〇年歩き続けられればと考えている。いつかどこかの稜線でお会いしたら「まだ歩いているのですか」と声掛けいただければと思う。

(言語情報科学/英語)

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