HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報652号(2024年2月 1日)

教養学部報

第652号 外部公開

<駒場をあとに> 全学ゼミの思い出など

松本久義

image652-6-01.jpg 私が駒場に初めて来たのは一九七七年に新入生としてだった。
 学生の立場で体験した駒場の教育だが進学振分け制度とか当時の私にとって嫌なこともあったが、駒場ならではの素晴らしい制度もあった。それは全学ゼミナールである。

 必修講義は進振りの点を稼ぐための存在でしかなかったが、いくつかの全学ゼミを取ることができたのは幸運だった。一年のとき早速、清水英男先生の「SL2(R)の表現論」を受講した。現在は全学ゼミは半年の開講だがこれは通年での開講だった。まあ入学したばかりでSL2(R)も表現論も未知の世界だったし参考書として挙げられていたのはラングの「SL2(R)」という赤い表紙の本で私には何を解説しているのかやってることがよくわからないようなものだったが当時から数学を志していた私にとっては新しい世界が見れそうで期待に胸を膨らませたものである。
 
ゼミの内容は前期は準備としてルベーグ積分論の分かりやすい解説で後期はラングの本の前半程度でSL2(R)のユニタリ表現の分類あたりまでだった。最後は結構講義は駆け足だし何とかついていくのがやっとという感じで結局何をやりたいのかは正直わからずじまいだったが、好奇心を妙に掻き立てられるものがあった。一年の後期には斎藤正彦先生の「竹内外史 現代集合論入門を読む」が開講された。当時は数学基礎論に入れ込んでいて必修講義とかぶっていたのだがもっぱらこっちの方に顔を出していた。二年前期も引き続いて開講されたが斎藤先生には当時駒場に赴任してきた集合論の専門家の難波莞爾先生をご紹介いただき四年生のベルのブール代数値集合論のテキストセミナーを聴講させてもらったりした。その後、思うところがあり基礎論からは離れ表現論を結局専門に選んだ。

 それについてはいろいろと理由があったのだが清水先生の全学ゼミをとってなければこうはならなかったような気がする。
 斎藤正彦先生も私がお会いしたころは超準解析の本を書かれるなど基礎論の方に興味をもたれていたようであったがもともとはp進体上の古典群についてのヴェイユ表現の研究をされていて、ご本人からはそういった話についてお聴きできればよかったと思ったりもしたものである。

 当時は数学科は本郷の竜岡門の近くにあったがその後大学院に進学後、大島利雄先生に師事することになった。当時大島先生は米国から戻ってすぐ駒場から本郷に移られたのであるが研究室はまだ駒場にあり修士のセミナーは駒場で行った。また杉浦光夫先生のセミナーに大島先生が顔を出していた関係で私自身の発表も含めて大学院の間は本郷よりは駒場でセミナーをする機会が多かったと思う。
 その後私は渡米し駒場に教員として戻ってきたのであったが、学生の時の経験もあり全学ゼミはぜひやりたかった。
 問題は題材なのであるがあまり特殊な話題だと学生の貴重な時間を潰しかねないのでできるだけ将来腐らないようなものをということで複素関数論をまず選んでみた。ところが講義の後でとったアンケートを見るともっとアドバンスドなことを希望する意見が多かったので、翌年から反省して複素関数論は事前に勉強してきてもらって楕円関数や保型形式を扱う講義にすると満足してくれるようになったようである。大体、体感一学年につき二十人程度は数学をかなり勉強している意欲的な学生がいてそういった学生にはこういう講義は需要があるという感じである。

 まあ学生は二年で入れ替わるのであとひとつ題材が欲しいところであったがこれは試行錯誤を繰り返した。例えば久賀道夫先生の「ガロアの夢」という本があるがこれは東大での全学ゼミがもとになっている。久賀先生の本はおおらかで数学的な定義を詰めるというよりはたとえ話で基本群などを説明していくのだがこれをもっとリジッドにやろうとモノドロミーの講義をやってみたが結構テクニカルな話でうめつくされてしまいアンケートでも最後にシュワルツの三角形の話が出てきてやっとおもしろくなったと書かれるような状況で一回でやめてしまった。まあ久賀先生の本に引かれて基本群にこだわってしまったので同値類とか群とか説明することになったので今にして思えばモノドロミーだけだったらそこまではいらないなあとは思っている。

 最後に私に研究の機会をあたえていただいた数理科学研究科のみなさまに感謝の意を表して筆をおきたい。

(数理科学研究科)

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