HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報653号(2024年4月 1日)

教養学部報

第653号 外部公開

違いが強みを生み出す

教養学部長 真船文隆

image653-1-02.jpg 新入生の皆さん、東京大学にご入学おめでとうございます。本学で学びたいと願い、そのために皆さんが努力してきたことに敬意を払いつつ、その努力が結果に結びついたことを心よりお祝いいたします。これまで皆さんを支えてこられたご家族、ご関係の皆様にも、教養学部の教職員を代表し心よりお祝いを申し上げます。

 さて、これから皆さんが教養学部で二年間を過ごすにあたり、一つの言葉を皆さんの記憶の中に留めてほしいという願いを込めて本稿を書いています。私は大学四年生の時に理学部化学科の近藤保教授の研究室に配属になり、その後大学院の博士課程を修了してからは研究スタッフとして近藤先生の元で研究を続けました。近藤先生が大変懇意にしていた米国スタンフォード大学のリチャード・ゼア教授の研究室の中に、"dare to be different"と書いた紙が貼ってあったということを、何かの折に聞いたことがあります。そのまま訳せば、「他人と違っていることを恐れない」ということなのでしょう。かれこれ四十年近く前で、近藤先生から一度だけ聞いた言葉ですが、英語を母語としない私はあまり使ったことのない"dare"という助動詞と共に、記憶に残っている不思議な言葉です。調べてみると、近年は、「私たちは他の誰とも違う存在なのに、適合しようとする。違っていてもよいではないか」という強いメッセージ性のある言葉として、しばしば使われているようです。しかし、ここでは、四十年前に敢えて遡り、ゼア教授が意図したことを私なりに紐解き、同じ言葉を皆さんに贈りたいと思っています。

 私たち大学の研究者は、研究の目標や対象は自由に設定してよいと言われています。だからこそ、研究に独創性、オリジナリティがあるのかということが明確に問われます。「あなたの研究は他の人の研究とどう違うのか」について説明を求められるのです。実際には、研究室の中で実験装置を共有していたり、先輩からノウハウを教えてもらったり、また研究グループの中で様々な議論を繰り返していると、無意識のうちになんとなく位相が揃ってきて、方向性が似てきてしまうということはよくあります。だからこそ、「研究者なのだから違いを意識しなさい」と言いたかったのだろうと思います。

 違いが強調されるのは、研究に限ったことではありません。私は教養学部で十年以上、プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)型の全学ゼミを博報堂と協力して開講しています。この授業では、分析・調査、コンセプトづくり、アイデア発想という手順を踏み、あるテーマについてブランディングをするというのが授業構成ですが、授業のはじめに、そもそも「ブランドとは何か」を共有します。英語のブランドには「焼印をつける」という意味があり、ヴァイキングたちの古ノルド語の「燃え木brandr」に由来するという説もあります。つまり牧場の運営者が自分の家畜などに焼き印を施し、隣の家畜と区別することから派生して「識別するための印」という意味を持つようになったということです。さらにこれらから、ブランドは「違い」「〇〇らしさ」だと解釈されています。全く同じものからはブランドは生まれない、違いがブランドとしての強みを生み出す起点になっています。

 この一年、大谷翔平選手が米国大リーグで大活躍したことは、皆さんもご存じだと思います。なぜ彼がここまでファンを魅了するのか、間違いなく巷でもよく言われているように、投手と打者の二刀流のためでしょう。そこには、大谷選手らしさがあり、他の選手とは明らかに異なるユニークさがあります。求められるもの(独創性、オリジナリティ)、価値が見出されるもの(ブランド、〇〇らしさ、ユニークさ)に通底するものは、「違い」に他なりません。

 入学試験において、点数という一つの基準による評価で合否を決めるプロセスは、公平・公正ではあるけれども、結果として「違い」を排除する可能性があります。さらに入学後、後期専門課程に進学するためには、進学選択という第二のハードルもあります。これらの制度には基準が存在し、その基準の中に「違い」を取り込むのは困難であるのも事実です。これらに対応するために、大学としては推薦入試制度を導入して、高等学校在籍時のユニークな取り組みを評価したり、「進学振り分け」から「進学選択」に制度を変えたりして、新しい方向性を模索しているところです。

 一方で、実は、皆さんはこのような制度に対する適合能力が高いと言えるかもしれません。そうであればこそ、大学入学を機に、皆さんには敢えて("dare")意識的に「違い」を追い求めて欲しいし、勇気をもって人と違うことにチャレンジしてください。私も、久しぶりにこの言葉の持つ重みを感じ、自分でも違いを意識していきたいと思っています。最後に、未来に向かって無限の可能性を秘めた皆さんが、教養学部での時間を楽しく有意義に過ごすことを、心からお祈りいたします。

(総合文化研究科長/教養学部長)

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