教養学部報
第654号
〈後期課程案内〉法学部 法律を学ぶことによって得られるもの
法学政治学研究科・法学部教授 加藤貴仁
法律は、人間社会の安定と発展に欠かせない存在です。
法律は社会の至る所で様々な役割を果たしているため、最終的にどのような進路を選択しようとも、法律の知識及び法律の学習によって得られる法的思考を活かすことができるということになります。
社会における法律の役割と聞くと、皆さんはまず何を思い浮かべるでしょうか。例えば、社会の注目を集める事件が発生した場合、犯罪の成否や刑罰の内容は最終的に刑事裁判によって判断されるため、様々な事件と関連して、裁判の進行や判決が報道の対象とされることが多いと思います。また、刑事裁判を題材とした小説、ドラマ、漫画、アニメ、ゲームなどは枚挙にいとまがなく、それらを楽しんだ経験のある方も多いのではないでしょうか。
他方で、裁判は刑事裁判だけではないことにも注意が必要です。例えば、皆さんの中で一人暮らしをされる方は、居住用アパートの一室を借りるための内容の契約を締結することがあるかと思います。その一室の所有者が、部屋の利用形態が契約に違反することを理由に、居住者へ退去を求めたが応じなかった場合、所有者は民事裁判を利用できます。民事裁判では、当事者の間で様々な遣り取りが行われることを通じて、例えば退去の求めが法や契約に基づく正当な権利行使であるか否かが判断されます。民事裁判によって当事者の主張が認められるか否かが確定することにより、当事者間で生じた紛争が解決されるのです。民事裁判は、個人間、個人と企業、企業間など様々な当事者の間で生じる紛争の解決に貢献しています。そして、裁判という制度の運用において中心的な役割を担うのが法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)です。
しかし、法律の知識や法的思考を活かすことができる職業は、法曹三者のみではありません。先ほど民事裁判が紛争解決において重要な役割を果たすことを説明しましたが、結論を得るまでに費用と時間がかかります。このような費用の中には、民事裁判という紛争解決システムの運営と維持のために国が負担するものだけではなく、民事裁判を利用する個人や企業が負担しなければならない費用(証拠の収集や弁護士報酬等)が含まれます。事業を営む個人や企業は、このような費用を節約し本業に集中したいと思うのは当然のことです。そして、そのためには紛争の発生を事前に防止するための仕組みや紛争が発生した場合に迅速に対応できる仕組みを用意しておくことが必要です。このような仕組みを構築するためにも、法的知識や法的思考が欠かせません。なぜなら、紛争がどのようなメカニズムで発生するのか、仮に紛争が民事裁判に持ち込まれた場合にどのような基準に従って解決されるか、紛争解決の基準がどのような理由によって正当化されているか等を考慮した上で、様々な措置を講じる必要があるからです。このような措置の中には、ある事業を営むことに関連する法や行政が求める様々な基準(規制)の遵守を目的とするものも含まれます。
以上の説明は現在の法や規制を所与とするものですが、法や規制は時の流れや社会の変化に応じて変わる、変えることができるものであることを意識して欲しいと思います。法や規制は社会に存在する何らかの課題を解決するために作られます。このことは、社会が変化すれば新しい法や規制が必要となることだけではなく、既存の法や規制が時代遅れになってしまう場合があることを意味します。しかし、法や規制を変えることは簡単なことではありません。このことは既存の法や規制を改める又は新しい法や規制を作るために何段階もの手続きを経る必要があることだけではなく、そもそも社会にとって望ましい法や規制のあり方について意見が分かれることが多いことを意味します。
たとえば、最近、急速な技術の発展に対して法や規制の整備が進められていますが、その方針について意見の対立が見られます。このような対立を調整するためには、法律の知識や法的思考だけでは足りず、他の領域の専門知識が必要となる場合が多いでしょう。しかし、法律の知識や法的思考を用いた分析を経ずに法や規制のあり方を論じてしまうと、法や規制が現実社会において果たしている役割を十分考慮しない結果、社会にとって必要な法や規制を撤廃してしまうことになりかねません。また、ある問題に関連する法や規制は一つではなく、複数の異なる法や規制があたかも一つのシステムとして機能していることの方が一般的です。コンピューター等のシステム更新に専門家が必要であるのと同じく、システムとしての法と規制の更新にも、そのシステムの成り立ちや、法と規制に服する人間のインセンティブやルールを理解する専門家が必要です。
法学部の教育はそのような専門家を社会に送り出すためにあると私は考えています。
(法学部/実定法学)
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