教養学部報
第654号
〈後期課程案内〉工学部 工学は夢を描き未来をつくる
工学系研究科 副研究科長 石田哲也
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/foe
工学は、夢を描いて未来をつくる学問です。少々堅苦しい言い方をすると、人類の福祉、健康、安全・安心のために、新しい「モノ」や「コト」をつくり、それらを社会の中に埋め込むことを目指しています。福祉とは幸せや豊かさ、健康とは心身が健やかな状態、安全・安心とは、平和で災害に強い社会を意味します。それらを実現させるための「モノ」とは、個別の製品などを指し、現代の生活には欠かせない、半導体、スマホ、自動車、鉄道システム、航空機、人工衛星、さらに建物や橋・ダムなどが相当します。一方で、「コト」とは目に見えない体験や経験を指します。今を生きる人々の求めに応じることはもちろん、遠い未来の社会にも想いを馳せながら、新しい「コト」を生み出そうとしています。例えば、スマートシティといった新しい街をつくりだして、限りある資源やエネルギーをうまく循環させて使うとか、街中の行きたい場所に、誰もが好きな時に快適に移動できるようにする、といったことを目指しています。これらは、工学の力を活用して、あらゆる属性を持つ人々の生活に、新しい価値を与える「コト」の具体例です。さらに私たちは、地球の未来を守るための「コト」も積極的につくり出しています。これには、資源の再利用や循環(サーキュラー・エコノミー)を考えた設計や、自然環境を改善し生物多様性を守る(ネイチャーポジティブ)技術の開発、さらにはカーボンニュートラル社会の実現などが含まれます。
このように、工学が対象とする分野は大変広く、具体の姿をもつものから、抽象的な内容まで様々です。また、ミクロな量子の世界から、地球や宇宙といった広大な舞台を対象とした研究に至るまで、探求の範囲は時間と空間のスケールにおいて壮大な広がりを見せています。そのような広い範囲をカバーする工学部は、現在十六の学科で構成されており、約五八〇名の教員と二二〇名の事務・技術職員が所属し、学生に対する教育や研究のサポートを行っています。そして、二一〇〇名の学部学生、二三〇〇名の修士課程学生、一三〇〇名の博士課程学生が、各専門分野で学術の探求や新しい価値を生み出すことに全力を注いでいます。工学を目指した動機や理由は、人によって様々なストーリーがあると思いますが、限られたスペースで多くを紹介することは難しいので、私自身の経験を簡単に記したいと思います。
私は、山梨県の県立高校に通っている頃、なんとなく工学部が良さそうだなと、漠然と考えていました。恥ずかしながら当時は、工学部が扱う研究について十分に理解していませんでした。そんな自分にとって、駒場前期課程が用意されている東京大学はベストの選択肢と考え、理科一類に入学しました。駒場時代は、物理化学の専門書から純文学、哲学書まで、様々なジャンルの本を貪るように読み、教養学部で受講した幅広い対象の講義と合わせて、自分の視野を出来るだけ広げようと努力しました。振り返ってみると、駒場での二年間は自分自身の進路を定める上で、極めて重要な期間であったと感じています。入学された皆さんも、ぜひ有意義な時間を過ごしてほしいと思います。
高校時代は、理科と社会が特に好きで、理系と文系のどちらに行ったら良いか相当に迷いました。そのようなこともあって、駒場二年目の春に、自然科学と人文社会科学の両者が重要になる分野と知った土木工学科(現・社会基盤学科)への進学を決めました。社会基盤学は、人と自然と社会の関係を対象とする学問分野で、私は社会基盤施設(インフラストラクチャー)に関する研究に興味を持ちました。「インフラ」とは「下部の」ということを意味しており、インフラストラクチャーを直訳すると「下部構造」です。それに対応する「上部構造」は、私たちの暮らしや社会、経済、文化などを全て含む概念です。丈夫な建築物のように、下部構造がしっかりとしていないと上部構造は成立しません。また、上部構造の成り立ちは下部構造に依存するので、上部構造のことを理解しない下部構造もまた成立しません。インフラストラクチャーが、ものによっては数千年スケールで使われることを考えると、未来の人々の生活や社会に想いを馳せながら、最先端のテクノロジーを駆使してインフラストラクチャーを構築する必要があります。これは社会基盤分野における一つの例に過ぎませんが、工学とは複数のディシプリンを組み合わせた総合的な見識が問われる学問なのです。
そのため工学部では、各々の専門性を磨きつつ、分野横断的な総合力を高めるために様々な工夫を凝らしたカリキュラムを数多く用意しています。また、昨今では、在学中あるいは卒業後すぐにスタートアップ企業を立ち上げて、自分の手で社会課題の解決を試みる方も増えています。アントレプレナーシップ教育の充実は、工学部で力を入れている取り組みの一つです。さらに、複雑化する社会課題を解決するためには、性別、年齢、国籍などの違いを尊重し、多様な背景や考え方を持つ人達が、知恵を合わせる必要があります。そこで、いつでも、誰でも、どこででも工学が学べるよう、メタバース工学部という新たな取り組みを二〇二二年より始めました。紙面の都合上、工学部の様々な取り組みを詳細に記載できませんので、ぜひホームページなどで最新の情報にアクセスしてみてください。
工学部に進学され、夢を描いて共に未来をつくる仲間となることを楽しみにしています。
(副研究科長/社会基盤学)
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