HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報654号(2024年5月 7日)

教養学部報

第654号 外部公開

〈後期課程案内〉農学部 「生き物の力」で幸せな 持続可能社会を創造する

農学生命科学研究科 副研究科長 芳賀 猛

https://www.a.u-tokyo.ac.jp

 私たちは皆、「生き物」の命を、食べ物としていただいて、生かされている存在です。「幸せ」というのも、人それぞれの価値観に関わる、多様な概念ですが、「食」は生きていくために必須であるだけでなく、食を楽しみ、文化を感じ取り、人間関係を良好にするといった、幸せに繋がる要素を含んでいます。

 農学部では、動物・植物から微生物まで、また分子レベル・細胞レベルから、個体・群レベルまでの生物相、さらに社会経済活動を対象に、実にさまざまな「生き物の力」を紐解き、活用する学問が展開されています。農学の多面的機能も反映し、人の食や健康、生活に関わる生物資源、さらに環境といった多岐に渡る領域をカバーし、豊かで幸せな社会を創るのに貢献する教育研究が行われています。

 食料生産に貢献する農学は、平和の学問とも言われます。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、飢餓や貧困のあるところ、必ず争いが起きます。十八世紀末、英国の経済学者マルサスは「人口論」で、急増する人口に対して食料が不足していくことを警告しました。技術革新で穀物の大幅増産を達成した「緑の革命」の主導者である農学者のノーマン・ボーローグ博士が、一九七〇年にノーベル平和賞を受賞したのは、農学が平和の学問である象徴といえるでしょう。ボーローグ博士は、歴史上の誰よりも多くの人の命を救ったといわれます。
一方で、生産の効率化を求めた農業は、化学肥料や農薬が生態系を崩し、土壌の劣化や水質汚染を招くなど、多くの環境負荷をかけてきました。農学は本来、長きに亘り、持続可能な循環型社会を構築するための学問であり、そこに求められるのは、人類と自然との調和・共生です。人類は、生態系サービスと呼ばれる、生物・生態系に由来する、さまざまな恩恵を受けています。しかし無秩序な開発による環境破壊や、過大な人間活動による地球温暖化などで、生態系も乱れ、生物の多様性も急速に失われつつあります。今、人類存続の基盤としての健全な生態系を確保するために、生物多様性の損失を食い止め、反転させ、回復軌道に乗せる、いわゆる「ネイチャーポジティブ」の取り組みが国際的に進められています。これは今後の農学が取り組むべきミッションですが、すでによく知られた事例として明治神宮の杜があります。百年前に造成された明治神宮の杜は、当時の林学科の本多静六教授らが、科学的知見に基づき、自然の力によって世代交代を繰り返し、永続する自然の森を、人工的に創り出す壮大な計画でしたが、今では原生林と変わらぬ多様性を持った森となっているのです。

 農学の実践知としての意義が大きいことは、農学部から、環境や食料問題など、地球規模の課題に取り組みながら、世界の公共に奉仕するようなビジネスを起業する人も出てきていることからも示されています。

 農学部には、応用生命科学、環境資源科学、獣医学の三課程のもとに、生命科学や化学、生態学、環境科学、工学、社会科学 など、多様な学問分野を背景とした十四の専修が設置されています。獣医学課程では、駒場の二年を含めて学部六年間のコースで、国家試験に合格すれば獣医師の免許を取得できます。

 農学部の特徴として、多くの附属施設で、実地体験を通した教育研究が行われていることがあります。生態系と調和した持続的な生産システムを再構築するための農場などのフィールドである生態調和農学機構は西東京市に、また百年以上の長きに渡る森林の観測データを有する広大な演習林は北海道・関東・東海に七ヶ所あります。弥生キャンパス内にある動物医療センターでは、人と同じように寿命が伸びている伴侶動物(ペット)の難治性疾患に対する高度医療も行われています。そのほか、牧場や水産実験所などもあります。
農学部では、統合知を学ぶ場として、さまざまな領域横断型教育プログラムも準備しており、これらはどの専修の学生でも履修することができます。産学官民連携型教育システム「アグリコクーン」は、生命科学・情報科学・環境科学・社会科学が集う、学際的な農学知のネットワークです。「アグリバイオインフォマティクス」は、農学の数理科学的理解を促進し、ゲノム情報解析などの技法を学ぶカリキュラムが用意されていて、科学的根拠に基づいた新しい農業を展開するのに貢献します。また、「One Earth Guardians(OEGs地球を守る~地球医)育成プログラム」は、百年後の地球のため、地球環境の持続可能性と、人類の生活をいかに両立させていくか、社会を巻き込みながら行動できる科学者の集団「地球医」の育成を目指す、産官学で取り組むプログラムです。

 かつて人間の力が、それほど大きくなかった時代には、無限のように勘違いされていた自然も、実は有限であることが身に染みて体験されるようになってきました。持続可能な社会の根底には、再生可能な自然資本があります。人生百年時代と言われますが、私たちに与えられている時間も、実は有限です。私たちは、持続可能な社会を創り、幸せを実感できる豊かな社会を、次の世代へとバトンを繋いでいく責任があります。生き物の力を使って、私たちと一緒に、世代を越えて脈々と受け継がれていくような、幸せな未来を創っていきませんか。

(副研究科長/獣医学専攻・感染制御学)

第654号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報