HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報654号(2024年5月 7日)

教養学部報

第654号 外部公開

〈後期課程案内〉経済学部 応用範囲の広い経済学を満喫しよう 

経済学研究科長・経済学部長 古沢泰治

https://www.e.u-tokyo.ac.jp/


"It's the economy, stupid"

 これは第四十二代アメリカ合衆国大統領となるビル・クリントン氏が、一九九二年の大統領選で多用したフレーズです。湾岸戦争を通じて圧倒的な支持率を誇ったものの経済政策で後手に回ったジョージ・ブッシュ氏(父)から、大統領の座を奪うことに貢献した、単純ながらも明確なメッセージを届けたフレーズです。(最近のこのような例といえば、ドナルド・トランプ氏の"Make America Great Again"でしょうか。)ジョージ・ブッシュ氏がその年の大統領選に負けたように、政権交代は不況期に多く訪れます。人々にとって、経済の良し悪しは非常に大切なのです。

 私の知り合いに、ハーバード大学医学部の名誉教授の方がいました。彼がいつか「死因のトップは何か知っているか?」と聞いてきたことがありました。私は、「癌かな、それとも心臓疾患かな?」と考えたわけですが、彼は「失業だ」と言うのです。失業がきっかけで、路上生活を送るようになって亡くなる人もいれば、心身を病んで薬物に手を出した上で亡くなっていく人もいます。彼のその言葉を聞いてハッとしました。それまでは経済学が人の命を救う学問だと考えたことはありませんでしたが、その言葉を聞いた瞬間、自分が職業としている学問の社会的重要性に改めて気が付いたのです。

 しばしば経済学は「お金儲けの学問だ」と誤解されますが、経済学は、人々の行動原理を読み解き、その上で、企業の利潤最大化や、国や世界を豊かにするためのメカニズムをデザインしていく学問です。デザインするメカニズムは経済に関わることだけにとどまりません。国を良くするための政治体制の確立、地球温暖化防止のための国際的な取り決め、そして戦争防止のための国際秩序の構築といったことにも、経済学、もしくは経済学的考え方が役立ちます。経済学はインセンティブを研究する学問なのです。個々のインセンティブが重要な役割を果たす、あらゆる組織のパフォーマンス向上に、経済学は有用なのです。

 経済学はデータサイエンスとしての顔も持っています。株価やGDP、為替レートや貿易収支、世の中には経済データが溢れています。人々がより豊かな生活を送るために、こうしたデータを使わない手はありません。データから経済変数間の関係を読み取り、経済政策の提言へとつなげるのです。経済学では、特に変数間の相関を見るだけでなく、因果性を見つけることを重視しています。例えば、教育の経済学では、教育が生涯所得に与える影響を解明しようとします。東大卒業生の生涯所得は日本の平均的生涯所得より高いだろうことは容易に想像できます。しかし、それだけでは、東大が提供する教育が生涯所得を高めているとは言えません。他大学に進学、もしくは大学に行かなかったとしても高所得を獲得したであろう優秀な学生が東大に進学している可能性が高いからです。東大の教育が生涯所得を高めているかどうかを測るためには、とてもランダムに抽出されたとは言えないデータを用いつつも、東大教育を受ける人をあたかもランダムに選んだような状況を作り出す統計学的手法が必要となるのです。こうした手法も、経済学で学ぶことができます。

 私は経済学が大好きです。しかしそれは、経済学が役に立つ学問だからではありません。私の専門は国際経済学であり、近年は、企業による部品の輸入や生産したモノを輸出する活動が複雑に絡み合ったグローバル・サプライ・チェーンについて研究しています。多くの国がさまざまな国から部品を輸入し、それらを使用して生産した製品を多数の国の企業や消費者に販売している状況は、とても複雑なシステムです。それを簡略化したモデルをつくり、データからモデル・パラメターを推計し、例えば貿易コストが十年前のままだったら今の世界経済はどんな様相を呈しているかといったことを分析し、最適な貿易政策を模索する研究をしています。重要なものは何かを見極め、それを分析する必要最小限、かつ現実を反映した経済モデルを自ら作り、それを分析しています。その作業は、あたかも、プラモデルの型を自ら設計し、型の完成後にプラモデルを組み立てていくようなものです。それが私にはとても楽しいことなのです。

 経済学部には、歴史的資料を分析する経済史の分野や、金融工学を学ぶファイナンス、より実践的な企業経営や会計を学ぶマネージメントといった分野もあります。社会経済に広く応用可能なゲーム理論を学びながら、マネージメントも学んだり、経済史を履修して歴史からさまざまな教訓を得るということもできます。皆さんには、是非経済学を満喫してもらいたいと思います。

(経済学部長/国際経済学)

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