HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報655号(2024年6月 3日)

教養学部報

第655号 外部公開

<時に沿って> traveling

樋渡雅人

image655-2-3.jpg 私は旅をすることが好きだ。学生時代からバックパッカーとして、多くの国と文化に触れ、それが現在の研究にも大きく影響を与えている。私の旅は、駒場で過ごした大学生の頃、長期休暇の度に国外を放浪することで始まった。バックパック一つで未知の地を探る興奮、それは今でも私の心を動かす最大の動機だ。町で一番の安宿に泊まり、地元の人々と肩を並べて食事をし、その土地の言葉に耳を傾ける。そこで感じ取れる人々の生活、苦悩、喜びは、どんな教科書にも載っていない生の声だ。

 バックパッカーとしての経験は、私にとって大きな財産である。各地を旅する中で、途上国の経済発展には様々な課題があるとともに、大きなポテンシャルもあることを肌で感じた。それが私が開発経済学を研究するきっかけとなり、現在もその道を歩んでいる。途上国の市場を歩き、現地の人々と触れ合い、彼らが直面する経済的な問題を一緒に考える。これは学問としてだけでなく、彼らとの共感とも言える旅だ。

 現在、私は途上国や新興国の貧困や開発の問題を研究テーマにしている。フィールドワークを通じて、現地の人々の暮らしぶりや考え方、地域に根付いた在来資源を学ぶことを重視しており、このアプローチは多くの新たな洞察をもたらしてきた。かつては一期一会の出会いを繰り返していたが、時間が経つにつれて、その出会いをより大切に、長く持続させることの重要性を感じるようになった。出会った人々との関係を深め、継続的な支援や協力を行うことで、より具体的で実践的な解決策を模索している。

 前職の北海道大学での十五年間は、私にとって多岐にわたる学びの場であった。自然豊かな環境の中、学際的な視点を持つことの重要性を学び、途上国の環境問題の研究も新たに始めた。その中で特に重要性を認識したのは、地域の持続可能な発展を如何に実現するかという課題だった。この経験は、私が現在進めている研究・活動にも生きており、地域社会に根ざした実践的な解決策を模索する基盤となっている。

 この春、桜の花が舞う駒場に戻ってきて感じるのは、一つの旅の終わりと新たな旅の始まりである。最終的に、旅を終えた時、私たちはただ元の場所に戻るのではなく、新しい見識を持って帰る。それが旅の提供する真のギフトであり、そのすばらしさの核心である。そして、旅の終わりは、また新たな旅の始まりへの一歩となる。この連続した発見と成長のプロセスが、否定の否定を通じて結実するのだ。

(国際社会科学/経済・統計)

第655号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報