教養学部報
第655号
<時に沿って> 農学部と仏文研究
實谷総一郎
二〇二四年四月、超域文化科学専攻、比較文学比較文化コースに専任講師として着任しました。十九世紀のフランス文学、特にエミール・ゾラの「生命」の思想を研究しています。
三月に研究室に本などを運び込み、窓を見たときようやく着任の実感が湧きました。修士の学生として比較文学比較文化コースにお世話になっていた頃、毎日のように見ていた時計台が目の前にありました。変わらず聳え立っている駒場のシンボルを眺めながら、ここに至るまでの様々なことを思い出しました。
振り返ってみると私の経歴はチグハグとも呼べるものでした。十八歳で入学した大学は、文系ですらない農学部でした。京都の自然の多いところで育ち、小学生の頃から淡水魚の観察日記をつけるほど水生生物に関心が高かったために選択した進路でした。そうした興味が高じて、環境保全団体を作ろうとした程でした。ところが半年ほど経ったころ急に、全く別の何かを始めなければいけないという思いに駆られました。程なくして大学を辞め、上京し、以前から関心を抱いていた哲学を学ぼうかと思いました。いざ東京の大学の文学部に入学して基礎科目として様々な学問分野に触れていくうち、学問の広い可能性に打たれて、関心が転々としていました。次第に、人文学的な思考の歴史の深さを誇るフランスの文学や美術史に関心を向けるようになり、この領域を最後まで極めるべく修士から駒場に進学しました。
駒場に入ってからは、自分の専門性を模索する日々が続きました。一流の研究者である先生方やすでに独自性を持っていた同級生に混じって、自分がフランス文学を研究することに、あまり自信が持てずにおりました。悶々と過ごす一方、ゾラの美術批評と文学作品、そして、数多くの歴史資料を地道に読み込む中で、少しずつ自身の読み筋が見つかってゆき、ゾラの「生の美学」というその後追求していくテーマの端緒を掴むことができました。
パリ・ソルボンヌ大学へ留学していた五年間は、博士論文を書くためのまさに怒涛の日々でした。エミール・ゾラの「生命」の思想をもとに文学作品を再読し、また同時代の美術史や思想史をはじめとする諸分野を横断する試みにより、博士号を取得しました。
時計台と再会して、農学部からゾラの生気論へと発展していったこれまでの紆余曲折の人生が想起されましたが、改めて思えば、大転換のようでいて実は「生」を思想的・哲学的に捉えるという点でつながっていたことに気づかされます。
様々な学問が混在していながらも、知の探究という一貫した雰囲気のある駒場に、自分が行き着いたことも偶然ではなかったような気がします。学問の雑多さを包摂してそれをむしろ豊さとして育む場である駒場に受け入れてもらえたことに感謝しつつ、駒場で大事にされてきた教養教育、学際的研究に私なりに貢献したいと思っています。
(超域文化科学/フランス語・イタリア語)
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